あっという間のジャイロ


いやいや凄い大雪の週末@東京になりましたね。今日は週末スキーにお出かけの方々の帰りの日、道路は凄いことになっているんだろうな〜と思いながら、私はスタジオ企画<朝からジャイロ!>のために若松町に向かいました。そして行きがけに寄った兄の家の近くにある碑文谷公園で、雪にあえぐパンダを発見!で、パシャリ。


昨日、虎ノ門の看護士さんである荒井さんから一通のメールを貰いました。「明日は節分、神社へ行ってお参りする日ですよ〜」
なので、今朝は駅に行く道を遠回りして碑文谷公園内にある<厳島神社>に寄ったのでした。雪もたくさん降ってたし、手は冷たかったけど、いつもと違う雪景色が妙にイトオシク感じつつ…のプチ散歩。楽しかったです♪

今日は久しぶりのゆきぷうのジャイロキネシス。前回やったのが12月2日で、手術から約2週間の身体でした。エクササイズをやったというより、気持ちに任せて少しからだを動かしたという程度。手術から二ヶ月半経った今、どれだけ身体が動くんだろう?気持ちよいんだろか?というたくさんの<?マーク>で参加してみました。

あっという間の90分!
動きはまだまだだと思います。ジャイロでは身体を捻るスパイラルという動きがあるのですが、右方向へ身体を回転させた時と左方向の時では、あきらかに左のときには引っかかる感じがありました。左うでを伸ばしていくときは、あと10cm伸ばした〜い!という感覚もありました。それでもですね、<?マーク>への答えは簡単で一言で言うと、あっという間だったんです。

クラスが終わったあとに、参加してた方が言っていた一言が妙に私の心に響いたんです。「前回より、今日の方があっという間に終わっちゃった」

これぞ答えですよね!楽しく動けたら時間が瞬く間に過ぎていく…

ピラティスはたくさんの事を考えながら行うエクササイズです。だからこそ、ひとつひとつを意識し緻密に動くことによって、動きの質をアップさせていくものです。日々のリハビリではピラティスをやっていますが、もちろんその時間もあっという間に過ぎていきます。
ジャイロに関しては、素人の私。そんな私がピラティスと同じように、あっという間に感じたということは、何かが身体や心に響いたんだなーと思ったのです。その何かとは…<考えずに動けた>ということでした。

そして考えずに動けたのに、たくさんのヒントをくれました。
1、胸骨をもっと下げられるようにすること。この説明は難しいのですが、胸骨がしっかり動くようになると呼吸が楽になります。
2、左方向へのスパイラルでは、仙骨から腕が伸びるように動く。
3、骨盤の安定は足裏から。ピラティスでは当たり前のことなのに、今さら感じました。

とにかく動く・動く・動く。するとそこからやってくるヒントもたくさんあります。その時に、心と身体に耳を傾けて、その声をしっかり聞くと自然に答えが見つかるのかも。


雪のパワー


1月26日(土)10:30AM ニセコ、チセヌプリスキー場のゲレンデに立ちました。再手術から2ヶ月10日、待ちにまったこの瞬間です。
ウエアを着る、ブーツを履く、スキーを担ぐ、リフト券を買う、スキーをはく…そんな当たり前の動作ひとつひとつが嬉しくて、愛おしい気持ちにさせてくれます。リフトに乗っているとグローブやウエアに雪がついてきて、まるで”おかえり!まってたんだよ”って語りかけているように、雪は優しく私を迎えてくれました。

チセは町営のリフト一本しかない小さなスキー場。ヒラフ、東山、アンヌプリという大きなゲレンデではなく、小さな小さな場所からの再出発は今の私にとてもふさわしくぴったりです。

1本目から兄に連れられて、オフピステへ。といってもチセは、ほとんどがツリーラン天国なので、そのスタイルが普通。もちろん足慣らしも何もなし「ええ〜っ!ちょっと待ってよっ」と叫ぶ私に兄は「大丈夫大丈夫、ゲレンデより返って柔らかいほうがいいよ!」と叫び返します。え〜い、行ってしまえ、これが持ち前の私の性格とばかりに滑り出しました。しかし、そんな気分と裏腹に滑り出すと、心の奥から”いける!”の声。

いきなりオーバーヘッドのパウダースプレーが私を歓迎してくれました…声もでないほどのしあわせ♪

よく辛いことや悲しいことを乗り越えれば、次には楽しいことがやってくると言うけれど、私はそうは思いません。なぜなら、楽しいことの次には、じゃあ辛いこと?になっちゃうでしょ。乗り越えていったものは、何であれ自分の過去。決して変えることはできない。でも過去は過ぎ去ったもの、終わったこと。楽しくても辛くても<今>という時間と空間を大切に過ごそうと思います。

トンネルを抜けたから、光を浴びて前へ前へと進んでいく。歩く速度も歩幅も変わらずに…今までどおり、変わったのは光を浴びているということだけ。

もちろん完璧ではありません。不都合もたくさんありました。左肩で担いでいたスキーは右肩で担ぐと、長い間の癖があるから、すごい違和感だし、担ぎ方ひとつとっても、ギクシャクして時間もかかります。<こぐ>という動作も力を入れると痛いし、リンパを取った私は左腕に負担をかけられないので、右ストックだけでトラバース(横への移動)したりは重労働。

それでも収穫はたくさんありましたよ。左腕に負担をかけたくないので、できる限り腕や肩の力が抜けた状態で滑りたく、常に力を抜くことを意識しました。スキーは左右均等のバランスで滑るスポーツなので、左をかばうあまりに左右のバランスを崩したくありません。ひたすら力を抜きながら左側もしっかり使うようにしていきたいのです。そのためには、イメージをたくさん使いました。身体という木の幹から腕という枝が生えていて、その枝が幹のコントロールで自由自在に動くなど。それでもすぐに腕に力が入る自分にも気がつきました。今までは、こうやって肩や腕に力を入れてリキンで滑ってたんだな〜ふむふむ。

今朝、ゆきぷうのブログを読んでいて、とっても心に響いたことがありました。

キネシスをやりたい!と思ったその原点が京都にあって、それを感じるために先週末ゆきぷうは京都に夜行バスで出かけたのです。京都行きの話しを聞いた時、私も一緒に行こうかな〜と考えたんですが、私はスキーに行くことを決めました。そしてゆきぷうが京都でキネシスの原点を感じたように、私もニセコで自分の原点を感じていたのです。

私がピラティスを始めた理由は、無理な姿勢でスキーを続けた結果、ボロボロになった身体をピラティスで回復させたい。そして、いつまでも滑れるようにしたい…

もう一度、この原点に戻ることが私のこれからの未来なのだと沸き立つものを感じました。私はスキーが大好きです。雪からはたくさんのパワーをもらいます。だからこそスキーヤーとして、ピラティストレーナーとして”みやのゆきこ”に出来るものを見つけていこうと。

兄が滑っている映像を撮ってyoutubeにアップしてくれました。オレンジっぽいウエアを着ているのが私です。
http://www.youtube.com/watch?v=hGoT0fvkWNg

写真はお世話になった宿・仁里木舎の前で。その宿に集うパウダー大好きな方々&おかみさんのまみちゃんと一緒に。


感じる


雪が降っているときって何か気配を感じませんか?雨音ではなく何かが降っている感じで、しかも雨のときとは違った外の明るさがある…そんな今朝を迎えました。カーテンを開けた瞬間に思わず「雪だ!」すぐに着替えをして、久しぶりの雪の感触を味わいに、お外へ。冷たいのに暖かくて何だか舞っている花びらの中にいるような優しい気持ちになりました。

車も出動だったので、早速雪下ろし。いつもは「面倒くさいなー、あ〜あ、寒いし冷たいし」としか考えたことがなかったのに、今日はその動作ひとつひとつがイトオシク、素敵な時間が流れていました。


今日は朝から色々と感じることが多いので、テーマは<感じる>としました。ブルースリーが映画で「Don't think ! feel」と言った名セリフを覚えてますか?

今の世の中は、たくさんの情報しかり便利グッズしかり、色んなものが氾濫しています。なので情報が早くて便利なのが良くて、そうじゃないものは認められなくなってきていると思います。もちろん全てがそうではないけれど、便利すぎるあまり、<感じる>ということに鈍感になってきているのではないでしょうか。

先週、福岡の加織先生がインストラクター養成コースのために東京へ来ていました。その中で語った言葉…
「私たちはガイドです。生徒さんが、どのような動きをすればいいのか、そしてその動きを感じれるようにガイドしてあげるのです」それを聞いた参加者の葉子さんがこう言ってくれました「ゆっこさんは、スキーを教えるときに今どんな事を意識して滑ってきたの?って言葉にさせられます」

私の中で繋がった瞬間。求めていたのはこれだったんだ!

アンディスタイルのピラティスに、はまった理由。答えがあるわけではなく、見つけるのは生徒自身。そして先生はその答えが見つかるようにガイドしてあげるだけ。生徒さん10人いれば10通りの答えがある、だからひとつの答えだけを求めてくる人にとっては、難しく感じるのかも。それでも今まではインストラクターなんだからと答えを見つけ出し与えていた私もいたから、時折レッスンすることがキツク感じていた。

ジャイロが好きな理由。ボディワークの中では究極の<感じる>動き。動くことで感じることを知る=>考えたら感じられない。

スキーレッスンが時折苦しくなる理由。テクニックばかりに気を取られ、ついつい正解だけを教えてしまうスキーレッスン。それは違う、それはスキーじゃない!と心で感じた数年間、それでも今までやってきたものがあるから変えることができなかった。私はガイドでよいはず。ゲレンデを案内するガイドではなく、楽しくスキーを滑るためにちょっとした気づきを与えるガイド…

姉が以前日本に来たときに、こう言ってました「日本にくると、うるさくてうるさくて。エスカレーターでは、もうすぐ折り場ですだの、家ではお風呂が沸きますだの」この生活に慣れている私は、そうなんだーって思ったけど、注意していると本当に色々とお世話をしてくれますよね。それでも、そのために鈍感になってきているような気持ちがします。エスカレーターでつまずかないために、自分自身で折り場が近付いてくることに敏感になっていればいいだけだし、お風呂がそろそろ沸くかな〜と時が経つのを感じていればいいだけですよね。

そう、それも全て結果を教え過ぎているのではないのかなーと繋がったのでした。

スキーもピラティスも、どう意識して動いて、それを自分がどう感じたか?が答えだと思います。もちろんリハビリも。意識や感じることをせずに形ばっかりの与えられたメニューをこなしているのでは、自分が本当に必要としている内容と違ってきてしまいます。

2回目の手術から2ヶ月経ちました。ドレーンが入っていた胸骨のあたりの痛みはまだあります。それでも腕のびりびり感は大分少なくなりました。この感覚は、二箇所の傷がもっと落ち着いてきたらかなり軽減されるんじゃないかなーと感じます。だから今は無理せずに傷の回復と自分の中心を感じるトレーニングをしようと思っています。

といった具合に常に身体が何を感じて欲しているのかを問いかけています。するとおのずとやるべきことが見えてくるのだと思います。
何かを求めているとき、是非結果を聞かずに感じてみてください。答えは自分が一番よく知ってますよー

今週末スキー場へ行きます!どのくらい滑れるかの結果はわかりません。でも、今滑ればこの先がつながってくるのだと沸き立つ想いが襲ってきました(^^)vたくさん感じてきますね♪


身体の記憶


4日間のアンディスタイルが終わって、ホッとする一面かなり疲れた自分がいる今日この頃です。久しぶりの連続4日間お仕事モードでした。う〜ん、まだまだ体力的に復活してないなと感じつつ、少しずつでも戻ってきているんだなとも思います。思えば若かりしころ、1ヵ月半家を出っぱなしで、巡業のごとくスキー場を巡り毎日レッスンをしたあげく、疲労のあまり倒れた私。若かったなーと思いながら、そんな無理をしてたのねとも感じたりして。

たまたまの巡り合わせか面白い話を同じタイミングで二人の方から聞きました。私なりに解釈して<身体の記憶>と題してみます。身体なんだけど、カテゴリーは「こころ」面白いでしょ。

筋肉は間違った使い方をして作った姿勢というものを覚えています。例えば肩が丸まって肩こりがあるとしましょう。筋肉的には大胸筋が縮んでしまっているのですが、マッサージに行って縮こまった大胸筋を緩めてもらいます。直後、姿勢は改善されますが、再び肩が丸まってきて肩こりに悩まされます。というように筋肉は今までのことを覚えていて、何かを変えない限り同じ繰り返しをしてしまうのです。そして筋肉はあまり頭が良くないので、良い使い方を教えても中々覚えないらしく、また改善されたときの心地よさより辛さの方が強いので、そちらに引っ張られてしまうそうです。

ではどうしたら悪い方向ではなく良い方向へと向かうことができるのか?

頭の悪い人には(私もだけど)焦って何かを教えても無理。ゆっくりと繰り返し繰り返し教えていくことが大切です。そして心地よいフィーリングを身体がしっかりと味わってインプットすることです。
そうそう、犬に何かを教えるときって、それはそれは根気が要りますよね?そんな感じです。いつもトイレ以外でオシッコをしてしまって怒られている犬に、根気よくトイレの場所を教えて、きちんと出来たら褒めてあげる。最初のうちはすぐに忘れてしまう犬も褒められることが心地よいから、そのうちできるようになります。

少し話しがずれるかも知れませんが、今日は驚く気づきがあったんですよ。私は世田谷の等々力という町で生まれ育ちました。等々力渓谷という都内唯一の渓谷があるのですが、犬を飼っていた私はそこが常に散歩道で何万回と歩きました。久しぶりに訪れて渓谷沿いを歩いていたときに、ふと懐かしい感覚とともに優しい時間が流れて、とても心地よかったんです。それは…

歩く道の感触を足裏だったり、歩く歩幅だったりが覚えていたからなんです。

あまり整備されていない川沿いは、不連続な石が並んでいたり板が渡してあったりとすれ違うのも大変なくらい歩きづらいのです。久しぶりに歩いたのに、その不連続な石のちょっとしたでこぼこや、テンポを変えないと歩けないことなどを覚えていて、そこで暮らしていた楽しい日々がフラッシュバックしてきたのです。


これは良い意味の<身体の記憶>だと思います。しかし身体だけでなく、そこには心というものが密接に絡みついているのです。もしフラッシュバックしてくるものが、悪い記憶だったら、その身体の記憶はマイナスへ向かうのでしょう。なので、気持ちよかったことを味わうということが、身体にとっても大切な記憶になるのだと感じたのでした。

さて明日からはピラティズジャパンのインストラクター養成コース@東京が始まります。今回は加織先生の登場!そして私は最長の5日間連続仕事モードにチャレンジです。それが終わったら、そろそろ雪の感触を確かめに出かけてみようかな。。。なんてね(^^)v


身体の声


久しぶりにまとまった雨の一日でしたね〜お陰で喉が潤いました♪

昨日からアンディスタイルが始まっています。ワークショップにスペシャルレッスン、そしてプライベートセッションと大忙し(アンディが)の4日間です。私はというと…聡子先生に色んなことをお任せしつつ、フラフラとスタジオ行っていたり(^^);
そんな中、スタジオを訪れてくれる方に”ブログ読んでます””感動してます”などと言ってもらい、本当に嬉しく思う毎日です。

アンディの教えの大切な部分に、<まずは不要な力を抜き、それから必要な力を入れる>とあります。骨の整列を邪魔する事=余計な力が入るので、マニュアルセラピーでは邪魔するもの(筋膜の乱れ)などを手技で正していきます。そして、要らないものがない身体に初めて必要なものをインプットしていくのです。それがピラティズエクササイズになります。

今日はプライベートセッションを2コマ受けました。マニュアルセラピーとエクササイズを少し。二度目の手術直後にアンディからセラピーを受けたのですが、そのときとは全く違った感覚があったのでした。なぜなら…

手術の傷を見せました。胸の傷を見せるというのは、すぐに決められることではなかったけど、悩んだ末の昨日の夜、全て見せてその上でセラピーを受けようと決意したのです。

アンディは手当てをしてくれました。<手当て>というのはすごく良い言葉だと思います。手を当てることによって、人は癒されます。子供のころ熱を出したといってはお母さんがオデコに手を当ててくれ、お腹が痛いといえば手でお腹をさすってくれる。決して薬ではないけれど、心も身体も一緒に治療してくれるのが<手当て>なのだと思います。

そして私の身体から発している声を聞いてくれました。
”能では理解をしているけど、身体はまだ解ってません。幼い子供が突然自分の置かれた状況に慣れなくて驚いている、そんな感じですよ”

アンディとは3年以上の付き合いになるけど、改めて凄い!と思いました。身体の声が聞こえているんです。でもそんな彼がこう言いました。
”ぼくには同じ悲しみや苦しみは解らないよ、なぜなら同じ経験をしていないから”

そう、自分のことは自分しか解らないのです。だからこそ一番の理解者は自分自身なのです。<身体の声を聞こう>アンディがまたひとつ私に気づきをくれました。そして、もう泣かないと決めていたのに、久しぶりに溢れ出る涙を止めることができない私もいました。


写真はセラピーのあとに行ったマシンエクササイズのサイドプッシュスルーです。どうですか!手術をしたのは左ですよ。ちょびっと左の坐骨が浮いているのが気になるけど、脇も綺麗に開いてますよね!どちらかと言えば逆側の方が、硬かったような…
まだ脇と背中が少し腫れぼったく、二の腕のビリビリした感覚はあるけれど、それもじょじょに回復しています。胸から脇にかけた板のような硬い感覚も少しずつ減ってきています。ちょっとずつ、でも確実に。。。ゆっくりと進んでいきますね♪


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