走りきれたけど…風邪ひいた〜


あっという間に月日が過ぎ…気がつけば10日以上もブログを更新せずにいた今日この頃(^^);
元気でしたよ!と、言いたいところですが、見事に風邪引きました。あっ、インフルじゃないのでご安心を。

9月は、やばいくらい満腹状態。こんなスケジュールで大丈夫?と思っていたけど、やはり無理がたたりました。ケミのライブだけじゃなく、こんなこともやってました。

それは…

とうとう柿走行会(自転車チーム・柿どろぼーの走行会)に参加してきたんです。
昨年は一回だけ、私のために特別な形で走行会を開催してくれて、みんなのサポートで、ゆーっくり20kmくらいを走ることができました。腕に負担をかけれなかったので、本当に無理なく無理なく…

今年は1回くらい、きちんと走れたらなーと、ずっとずっとココロの中で思っていました。

そして、私の走り方を基準にしていこう!との声の中、とうとう普通の走行会に参加することとなったんです。いや、普通じゃないかも〜〜

お正月に箱根駅伝ってやってるでしょ。そのコースを走ろうってやつです。そう、日本橋〜箱根〜日本橋、往復約180km!

私は日本橋まで家から向かうと大変なことになってしまうので、川崎競馬場で合流という形になりましたが、川崎までは多分10kmくらい。そこから初日は目指せ、小田原!
ご存知、国道1号線をひたすら走るんですが、途中だらだらとした登りやら下りやらもあって、結構きつかったです。平塚近くの海沿いでお昼を食べたあとが辛かった〜〜

残り10kmくらいで段々と脚が上がらなくなっちゃって、息も苦しいし、ひゃはーって感じ。

それでも全走行距離、約80kmを完走できました!

でもって、その日は小田原泊♬なんと、おそば屋さんの2階が宿になっているっていう、不思議なお宿でした。

当初の予定では、翌日私は走らずに残りのメンバーだけが5区の登り20kmを登って、箱根湯本から輪行(袋にいれて電車に乗ること)で帰るんだったんですよ。ようは往路のみって感じです。
が…どうせここまで来たんだから、みんなでゴール目指そうとなり、でも私は登り無理だし、、、あーでもないこーでもないで結局、少しだけ5区を登って、そのまま帰れるところまで走っていこうとなったんです。

いやいや5区の登りはちろっとだったけど、息があがりすぎて気持ち悪くなったくらいきつかったです。おまけに車の多いこと、多いこと!排気ガスだらけだし、怖いしぃ。

走る予定じゃなかった2日目。

よし、目指せは平塚と思ったのが、いつの間にか藤沢となり、戸塚でお昼を食べたなら横浜までなんとか走ろうとなり、気がつけば〜〜〜

結局、家まで走ったんですよ。。その日は、なんと90km。

もう家にたどり着いたなら、まるで私は捨て猫か、ぼろ布??というくらいボロボロになり、とにかくお風呂にだけ入って、ご飯もろくすっぽ食べれずに、21時から翌日の朝9時まで寝ちゃいました(笑)

湿布をですね、脚にはぺたぺたと貼って寝たので、そんなには筋肉痛にならずにすんだけど、手がすごいことになっちゃって(笑)ずっとハンドル握ってるし、ブレーキもかけるでしょ、握力がなくなっちゃったんですよ。翌日は、まあ蛇口も片手じゃ捻れないし、お箸持ってもつかむことできないし。。いやいや大変でした。

過酷な闘病生活から2年、170kmもの距離を走れたこと、そして何から何までサポートしてくれた柿どろぼーの兄貴達には、本当に本当に感謝のコトバもないくらい胸がいっぱいです。

んでもって、疲労がたまりにたまってしまい、車の排気ガスにやられ、見事に喉が真っ赤っか。

はい。自重します。。

ちょびっと調子に乗り過ぎてる気がしてます。なんだかいろんなことが噛み合ないし…

でも楽しいから〜〜まいっか(幸笑)とも思ったり♬


一番疲れてたあたり〜〜


小田原城はにぎわってましたよ!


5区の登りでリタイヤしたところの道路の片隅のお地蔵さん。ひっそりと見守っていてくださいました。


注射3年延長になりました


そして今日は病院の日。そう、お腹にぶすっと注射の日でした。

名古屋からそのまま虎の門病院へ直行。ほどなく待って、まずは川端先生の診察です。

まずは先生からの一言で。。。

先生「お変わりないですか?」
ゆ「はーい」
先生「リュープリン(注射のこと)始めて、そろそろ2年なんですよね。それで今後どうするかなんですが…」

まずは、なぜホルモン療法をするのか?を簡単にお話しますね。(ガイドブックから抜粋)

○乳がんとホルモンの関係
乳腺組織は女性ホルモン(エストロゲン)の影響を受けて成長します。体内のエストロゲン分泌の状況によって乳房の形態や機能に変化が現れるのです。乳腺組織に発生する乳がんもエストロゲンと深く関係していて、エストロゲンによって、がん細胞が増殖するタイプの乳がんは、全体の60〜70%を占めています。
このタイプの乳がんを「ホルモン感受性乳がん」といいます。

○ホルモン療法とはどんな治療?
乳がんがエストロゲンの影響を受けて増殖するという性質を利用した治療。卵巣を摘出する外科的な治療もあるけれど、一般的には「ホルモン療法剤」を用いてエストロゲンの生産を抑えたり、エストロゲンが受容体と結合するのを阻害することによって、がん細胞の増殖を抑制します。
これの有効性が期待できるかどうかは、がん細胞の中にあるホルモン受容体(エストロゲン受容体と黄体ホルモン「プロゲステロン」受容体)の量を調べる方法でわかります。

*ちなみに私はエストロゲン(ER)受容体は6/8 プロゲステロン(PR)受容体は0/8(←ようは感受性なし)です。
ERが+ということで、ホルモン療法の選択となりました。ただ、一番最初の検査(ガンかどうかの判定)のときは、両方とも+で感受性ありだったんですよね。

○乳がんに用いられるホルモン療法剤
閉経前の場合は、「LH−RHアルゴニスト製剤」を用いて卵巣を刺激する脳の下垂体の働きを抑えて、エストロゲンの分泌を減らし、乳がん細胞の増殖を止めます。
*これが私がやっている注射でリュープリンってやつ。

そしてもうひとつの「抗エストロゲン剤」は、がん細胞にあるエストロゲン受容体に結合することで、乳がん細胞の増殖を止めましょうというもの。
*毎日2錠ずつ服用していて、私の薬はノルバテックス。通常5年服用。

で、ですね。

その注射をどうしましょか。。というのが今日の先生からのお話でした。

先生いわく、なぜ2年なのか?というのがハッキリと定義されてないそうなんです。これについては、いろいろと話した内容をあまりお伝えできないんですが、、、
私の場合は、注射をやめるとほぼ卵巣の機能が回復して、ほぼ生理がもどってくるそうです。(年齢的って意味で)
そうなると再びホルモンにさらされる訳でして、そのリスクをどうみるかが問題。閉経が近いかどうか、がんの悪性度、リンパ転移が1つあったこと全てをひっくるめて、先生の判断としては、今の段階で<5年予定>にしましょうということでした。

ようするに、あと3年は注射をしていきましょってことです。長いなあ。。。

アメリカでは、ホルモン療法というのはあまり盛んではないそうです。年月が長いので治療費が相当なものになってしまうからだろうとのことでした。そして選択としては、外科的手術で卵巣を取ってしまうまたは、放射線で機能停止してしまうことが多いそうです。

日本では、文化の違いそして低年齢での発症が多いから、その選択は稀です。私も、もしその決断を迫られたとしたら、また相当悩むことになったと思います。

でもですね、今日の先生との話を聞く前に、一度今後の治療についてキッチリ聞いておこうと思っていたので、よかったです。
私自身もなぜノルバテックスは5年で、リュープリンが2年なんだろう?って疑問に思っていたから。。
右も爆弾を抱えている訳だし…

こうやって振り返ると、昨日から始まった”ケミ祭り”のおかげでココロにビタミン♬あげれてて良かった〜〜〜と、思っちゃいました。来月は、また定期検査がやってきます。もっともっとビタミンあげよ!っと。


スリーブ外す許可でました!


なんだか爽やかな秋になってしまいましたね〜残暑はどこへやら??

昨日は、リンパドレナージュの治療がありました。今、3週間から1ヶ月に一度通っています。

木部先生からいただいた言葉。

「大分調子もいいし、落ち着いてきてるから、そろそろスリーブ外しましょうか」

!!!!

やったー!!わ〜い、わ〜い!!

スリーブ着用になって2年弱。どんなに暑い日だって、お洒落したくたって着用していたものを、もう大丈夫でしょうと言ってもらえた嬉しさは、言葉では表せないくらい沸き立つものがありました。


着用していたスリーブとこの2年間、なんとかならないかといろいろと集めたサポーター類。箱はスウェーデンの姉が送ってきてくれたしろもの。使用感はよかったんだけど、ちょっとした繊維の痕が残っちゃうのでNG。リンパって繊細なんです〜

実はこの夏が勝負でした。
夏は湿気もおおいし、気温もあがるので浮腫が進行しやすいそうです。この夏を乗り切れなかったら、写真の左端にある、イボイボのついたやつを巻いて、集中的にケアしてみようとなっていたんです。

こうなると結構つらいですよね。なんてったって、仕事ができません…レッスンはお休みしなくちゃならないし、私のような個人事業だと、働かなければお金になりません。はて?どうすんべか??とココロを悩ませつつ、まあいっか、どうにかなるべ。と思いつつ(笑)

昨日は、早速外して外出していたんですが、爽快爽快♬
腕になにも巻かないなんて、こんなに素敵なことだったのね〜〜〜と感動の嵐♬♬

でもですね、制約はまだまだ続きます。

この先、一生気をつけること→日焼け、虫さされ、圧迫、注射、土いじり、重いものをもつetc.

ぱっと見た目は解らないけど、もちろん浮腫が完全になくなった訳ではないし、脇から背中へかけての浮腫は、とれてません。ちなみに、脇や背中はスリーブ巻いてという訳にはいかないから、このままだそう(悲)
いや!不可能はない。願えば必ずかなうはず!一歩ずつ一歩ずつ…

まあ、この先もうまくつき合っていくというのは変わらないんだけど、私にとっては大きな一歩となりました。

木部先生と出会えたこと。。私にとっては大きな分岐点だったと思います。木部先生の治療がなかったら、ここまでの回復はなかったと言えると思います。

<セルフマッサージをする前に、まずは傷の回復から>

これは本当に大きな意味を持つ言葉なんだと改めて思いました。見た目が大切な傷だけじゃなくて、それはどんな手術にも共通するものだと思います。私の周り(私もだけど)には、膝など手術をした人がたくさんいます。その方々の傷を見ていると、ドレナージュで皮膚がもっと滑らかに動くようになれば、もっともっと機能回復するのにと感じてしまいます。

さいごに〜木部先生からの、もう一言。
「やっぱり身体を動かすって素晴らしいのね!こんなに回復していくなんて…」

涙涙の一日、、、先生ありがとう!いつも支えてくださるみなさま、ありがとう!


メリっとやっちゃいました。


私は本当におっちょこちょいっていうか、大雑把っていうのか…

昨日の朝、いつも通りに着替えようと汗かいたTシャツを脱ごうとしたんですよ。湿気が多いと、びちょっと肌にくっついちゃってるでしょ。背中側が、くっつきながらもクルクルっと巻かれていたのに無理矢理脱ごうとしたら、胸の奥がビリビリビリ!って。

めっちゃ激痛って訳じゃなかったけど、身体の奥がひっぺがされたように痛かったんです。。あちゃ〜やっちゃった。

手術のあとの胸の皮膚は大分柔らかくなってますが、まだまだ奥は固い板が残ってるような状態。その固いところが、メリって感じ。

そのあとも少し違和感あったけど、心配した腕の方も大丈夫で、夜のたいこのレッスンも無事に終了。
よかった〜
と、ホッとしていたんですが、今朝になって痛みがでちゃってるんですよね。

いろんなことも再びできるようになって、調子に乗り過ぎてたのかなあ。。反省ちゅー

すべてのことには意味がある!ほ〜んとにその通り。子供のころから怪我が絶えないわたし。そのほとんどは、大雑把な性格からのこと(汗)病気してからは、慎重に慎重を重ねて生活をしていたのに、元のわたしに戻りつつあり(苦笑)

気を引き締めまーす。

せっかくなので、おっちょこちょい話をひとつ。

あれは高校生のころ。そう、花の女子高校生のときです。
当時、ハマトラというファッションがはやってて、ご多忙にもれず、私も膝上スカートと紺のハイソックスに三濱のくつを履いてました。結構混んでる山手線の乗ってて、ドアのちょうど真ん中あたりに押し付けられるようにいました。目的地、渋谷についてドアが開いたとたんに押し出されたら、足が絡まっちゃって、ホームと電車の間にずぼっと落ちちゃったんですよね。

幸い、全部落ちる前に、隣にいたサラリーマンの方に腕をむんぎゅと持たれて救出してもらったのですが。ちなみに、腰のあたりまで落っこちました。

弁慶の泣き所のあたりを両足ともすべて、ずるんと擦りむくは、靴も線路に落とすわ←(駅員さんが、なが〜い棒でできた挟むやつで拾ってくれました)さんざんだったんですよ。

こんなドジ話は、ブログで書き出したら1ヶ月くらいかけるほとネタもってます(笑)

明日は”そいんじゃライブ@中野ウロコ”なので、痛みが落ち着くことを祈って〜〜
今日は、24時間TVを見ながら涙流してます(笑笑)

先日、念願の”The Blue Man"を見に行ってきました!
1番前のポンチョシート♪蒸れ蒸れだったけど、迫力満点でさいこーです♪


表情一つかえずに、Blue Manたちは凄かったです。


めまいがするほど痛かった!


何だか梅雨のような天気が続きますね〜
今日は、家に帰るころに、ちょ〜どしゃぶり!参った参りました〜
そしてあろうことか、傘を開こうとしたときに、腕につけているパワーストーンのブレスレットが傘に引っかかって、ぱっち〜ん!と弾け飛んでしまったんです。。とほほ。

実を言うと一番最初に買った水晶のブレスレットを紛失したときに、直後、靭帯を損傷したことがあるので、しばし

「・・・・・・・・」

落ちこむかなーと思ったんですが、案外平気でした。
逆に、何かが一緒にすっ飛んでいったくらいに、気分がサッパリと。

そういえば、昨年の今頃、高松の屋島にマッキー、ゆきぷうと登って、頂上から願いを込めて”瓦投げ”をやったんです。そのときの第一投で、瓦とともに5万円相当でハワイで買ったパワーストーンも、ひゅるるるるる〜〜とすっ飛んでいっちゃったんです。

それにしても、こんなことが良く起こる私です→実はまだある(笑)

今日は、3ヶ月の検査でした。
川端先生の診察、触診、エコー(胸部と腹部)、血液検査そしてリュープリン注射。血液の結果はまだなので、晴れて無罪放免っていう訳じゃなけど、他はクリアしました!やったねっ

しかし!今日の注射は、こんなのあり〜〜?ってくらい痛かったんですぅ。。(涙)

毎月打っているリュープリンの皮下注射。これは、ホルモン療法のひとつで、脳の視床下部から分泌される「黄体形成ホルモン放出ホルモン」の作用を抑えて、卵巣からのエストロゲン分泌を抑える薬です。

皮下に注射すると、そこから薬が少しずつ溶け出して4週または12週間効果が持続するのです。

いつも診察が終わると、川端先生に導かれて診察室の裏手へと行きます。裏側は、外科全体の診療スペースになってて、そこで看護師さんに注射を打たれます。

今日の方は、そんなに若くなかったけど、な〜んとなく慣れてない雰囲気がまんまん。普通、消毒されて、刺される直前に「ごめんなさいね〜チクッとしますよ」とか言われるのに、今日の方は「さあ、いきますよ!」の気合。

手で、私のたんまりある皮下脂肪をつままれて、ブスッと刺されたときに、、、

ゆのココロ”うっ痛い。。いつもよりかなり痛い”

そのうちに血の気が、さーっと引いてきて、なんだかめまいもしてくる始末。
なんとかかんとか我慢して、気を失わずに終わったんですが、いやいや参りました。

来月またと思うと、気が重いのですが、今度は騒いでしまうぞ!とココロに誓った今日の検査なのでした。

さて、明日から、ちょこっとお出かけしてきます。3年ぶりに姉の住むスウェーデンを訪れてきます。今回は、なんとマッキーも一緒なので、少しばっかり欲張って、コペンハーゲンやらアイスランドやらにも行ってきます。
久しぶりの10時間を越えるフライトだけど、マッキーとしゃべり倒しそうな予感♪

そうそう、明日は皆既日食ですよね。新月です。新月にお願いごとをするとかなうんですって(^^)v

では〜いってきまーす。


ゴーヤ収穫、そしてちゃんぷる〜になりました。ちっこいのが私が育てたやつ。でっかいのが買ったやつ。ちっこくても美味しかったよ♪


そしてトマトも収穫!楕円形の「アイコ」は、まずまずの美味。まんまるの方は酸っぱかった。でも、しあわせでした(喜!)


再建→音楽な日


今日は乳房再建手術のセミナーがあって、富士吉田へ行く予定をしてました。

が…

道路がめちゃ混み!すーっと走れば永福まで20分もあれば行けるのに、なんと1時間。そして中央道が八王子から先20km渋滞との表示を見たとたんに。。

結局、ご縁がなかったのね〜と諦め、家に戻ってきた次第でございます。

乳房の場合、とればいいって問題じゃないから、そのあたりをどう折り合いをつけるかが悩むところです。患者側としては、もちろん出来る限り形を崩さないように切除部分は少なくしたいのが心情。
でも、外科医からすれば、ガンはまず全て取り除くことが必須なので、先生とはたくさん話しをして決めることになります。

とはいえ、ガンと解ったときに、これで死ぬのは嫌だからきれいサッパリ取っちゃってください!と腹をくくる人もいるそうな。

そうそう、ドイツにすごく乳がん発症が多い町があるらしく、ガンになったわけじゃないのに、なるのが嫌だから両胸とも切除したご婦人がいるらしいです。

私の場合は、川端先生と再建を見据えた手術をするという話になっていました。最近では、同時再建(ガンの切除手術のときに、一緒に乳房を再建してしまう)も多いと聞いていますが、川端先生としては、それはNGだったんです。

同時再建の方が、麻酔から覚めたときの喪失感も少ないでしょうし、期間を空けてから、また手術をするという苦痛もなく良いのかも知れません。でも、再発のリスクが高い2年以内での再建を先生は認めてなかったんです。
以前、先生が手術した方で、早めに再建をした人がいて、再発をしてしまい、大変なことになったらしく。。。

実は、昨年の秋、右側の乳房も引っかかり経過観察になったときに、こんな会話がありました。

先生「極端かも知れないけど、リスクを抱えている右も切除して、一緒に両胸とも再建(右はガンじゃないからすぐできる)という選択もありますよ」
ゆ「えっ、ガンじゃないのに取っちゃうの?」
先生「もちろん、これは極端な話。可能性としてそういうこともあるというだけのこと」
ゆ「え〜嫌です。。せっかく残っているのに…大切にしていきたいです。。」
先生「それはそうですよね。もちろん、その選択を応援しますから」

ほっんとうに色々あるんですよ。悩みはつきないっていうのか。

そんなこんなですが、私の入っている患者会で、今回のセミナーの情報が流れてきて、具体的に決めているわけじゃないけど、聞いておきたいと思って申し込みをしたのです。

まあ、まだ先にしなさいってことなんですね〜焦らずに、ゆっくり情報を収集していこかと思います。

今日の夜は、後藤さんの弾き語りライブ@PORTがあります。ケミ友・こもと現地での待ち合わせにしたんですが、時間も空いたので早めに会って、銀座でやっているハービー山口さんの写真展<the Roots〜CHEMISTRY〜>を見に行くことにしました。
実は、これに行くのは2度目♪

その前に、課題となった”風のメロディー”のパーカッションの練習もしよかと思います。

再建から一遍、音楽へとスイッチが切り替わった日なのでした(笑)


ごーやちゃん♪こんなに育ったの〜そろそろ収穫かなあ…


今を生きる…だねっ!


五月晴れのスタートですね〜

今朝は早くから、観葉植物さんたちの寝床の大掃除をしました。ぜぇ〜んぶ植え替えです。浮腫の心配がある私、土いじりは要注意。なので、ゴム手袋をつけての作業だったけど、清々しい空気の中の土いじりは気持ちよかでした。

ひときわ、でっかいのが葉っぱから葉っぱが生えてきたやつ。宮崎県五ヶ瀬の田中創さん宅からやってきた、アロエ。植え替えたとたんに2回りくらいでっかくなったよ!←これ、まぢっ


先週末くらいから気持ちが下降気味だったわたし。そんな時に、ちょびっとショックな出来事が重なり気分は一気に急降下。。ありゃりゃ。検査で、はいクリア〜をもらったのにも関わらず、どうも気持ちがスッキリとしない。

ホルモン療法の副作用で、ウツになってしまう人が多いと聞きます。火曜日には卵巣の働きを阻害する注射を打っているので、そのせいもあるのかなあ。。なんて思ったり。

ココロのバランスって難しいですよね。

原因かどうかは解らないけど、ひとつスッキリと判明したことがありました。
それは、、、

過去を生きていたから。

病気をする前の私を、いつのまにかずーっと意識し過ぎていたんです。GWといえば、毎年恒例のこぶのキャンプ(スキーです)を盛大にやっていました。いや、コブだけでなくレーシングキャンプもやったし、早朝トレーニングのキャンプもやっていました。毎年毎年多くのスキーヤーの方々と、楽しい時間を過ごしていました。

今年のわたしは、病院あり(検査や今日は漢方の診察)で、ピラティスの仕事をすることに決め、早々にスキーを脱ぎました。

悶々…悶々…

頭の中やココロの中を、いろんな風が駆け抜けていました。

”どうしてこうなっちゃったんだろう”
”あの頃は楽しかったな”
”もう戻れないのかな”
and so on…

考えれば考えるほど、ココロはむなしくなるばかり。

そんな時は、いろんなアンテナを張ることにしています。本を読んだり、TVを見たり、気になるワードをネットで検索してみたり。
そして、むなしくなったココロを無心にしてくれたこと。それは音楽でした。

ちょうど課題になっていたことがあったので、次のレッスン日までには絶対にできるようになる!と思い、無心にタイコを練習をしていました。歌も始めたので、以前やっていたボイトレの練習を思い出しながら始めたり、歌詞を間違えないように頭に叩き込んでみたり。

<今を生きる>ことが大切なんだと気づきました。

輝かしい栄光や、楽しかった日々はもちろん大切だけど、それはもう想い出としてココロにしまっておくのだということ。
想い出になれば、辛かったことも含め、全てココロの栄養になるのだということ。


近所のおうちでは、ジャスミンが満開に咲いて、鼻をくすぐる香りが広がっています。実家で両親と暮らしていたころ、母がジャスミンを育てていて、この時期になると、いつも良い香りが漂っていました。この香りがすると、母を想い出し、会いたくて会いたくて、辛い時期もありました。でも、母の死も受け入れられたのかな?今はこの香りがとても懐かしい気持ちにさせてくれます。

さてと、今を生きているわたし。これからやろうと思っていることは<歌詞を書く>ということ。

びっくりでしょ?

書くことは大好きだから、詩を書いてみようかなーと考えていたのだけど、そうだそうだ歌詞を書いてみたいなって♪
素敵なのが出来上がったら、いつの日か…


この鯉のぼりヤバくないですか!まるで魚の開きみたいに吊るされていたのです〜@碑文谷公園


定期検査でした


今日は3ヶ月ごとの検査でした。とはいえ、前回はマンモなかったので今回はマンモありです。

ずっと私のココロの中で”いやだ、いやだよぅ”が渦巻いていたこの数日。
なんでって、半年前のマンモ検査で、健側の異常が見つかっているから…

”怖いよぅ、誰かたすけてぇ〜”




結果を先にお知らせしますね。はい、くりあ〜でした!(喜喜喜)

まずは診察室に呼ばれて、相変わらずな感じの川端先生にご挨拶。でも元気よく!「おはよーございます!」

先生「はい。みやのさんね、じゃあまずはエコーやりましょう」
ゆ「はーい」

いつもどおり、まずは触診。かなり丁寧にみてくれてる感じ?それって何か怖いこと?とついつい考えすぎてしまう私。続いて、ぬめっとした液体を塗られて、グリグリとエコー検査が始まりました。
今回は息をひそめ、私も画像を凝視。一体どうやって見つかるんだろなあ…人体は不思議だ。

胃のあたりにくると、何やら不快感が…先生も丁寧にみているから不安が募ります。が、異常なしとの言葉をもらい、ほっと安堵。

続いて、血液検査へ。これは毎回いつもどおりなので、フツーに終了。知り合いの検査技師さん(スキー関係)を見かけたので、ちょこっとご挨拶。

そしていよいよ難関マンモグラフィーがやってまいりました。

技師さんは前回やってくれた女性の方。覚えていてくれたのか、前と同じ要領で、上下と左右から挟んで2枚撮りますとのこと。上下はそんなに痛くないんだけど、左右が痛いんですよね〜
脇の下にも機械の角が食い込んでくるので、それがまた痛さを助長するんですよ。胸骨のところから皮がはがれてしまうんじゃないの??ってくらい、むんぎゅ〜と引っ張られるんです。多分、胸が小さいからかなあ(笑)

技師さん「はい、じゃあ軽く息をとめててくださいね」
ゆのココロ「こんなに痛くちゃ、息なんかできないよーぅ」

あ〜痛かった。が、無事に終了し、肺のレントゲンへ。これは、検診と同じなので痛みも何にもなく終了です。

半年前に異常が見つかった健側ですが、マンモ上の映像も別段変化がなかったので、大丈夫でしょうとの判断でした。先生に聞くと、画像上で判断していくしかないとのことです。私のようなパターンではエコーで見つけるのは難しいんですよね。

そして2年前の7月の手術直後以来やっていない、「骨シンチグラフィー」の検査はどうなのか?と聞いてみたら、他で異常が見つからない場合は通常の検査ではやらないとのことでした。
他の病院ではやっているところもあるみたいだから、どうなのか調べてみようかな?
ちなみに、これは骨への転移を調べる検査です。

乳がんは転移性の高いガンです。肺、肝臓、骨、脳への転移が多いそうです。10年何もなくて始めて治癒したと言われるので、まだ先長いけど、地に足つけて、ふんばっていくべしですね。

それにしても、ココロが晴れないんですよね。。。
なーんとなく原因は解っているんだけど…生きるって難しいですねえ。。


病院の近くにある金毘羅宮のお百度参りの石です。。ビルの谷間にあるんだけど、ここから発せられる<気>がとても清々しい気持ちにさせてくれます。

さてと、今日はスタジオでレッスンなので、再び出かけてきまーす。


浮腫んじゃいました…


自分では色々気をつけているつもりでも、ついついってことは本当に日々多くあるなーと思いました。というか、基本大雑把な私だからなんだろうけど。

月曜日、冬の間ごった返していた荷物を整理しようと思い、シーズン中に活躍したスキー4台とボードを実家の倉庫にしまいにいきました。父は今マンションに住んでいるので、倉庫というのが入り口から結構遠い階にあって、エレベーターを乗り継いでいくんです。

そこで…

大丈夫かな〜と思いつつ、何往復もするのが面倒くさくて、ついつい左手でもスキーを持ってしまったんですよね。アルペン用のスキーは結構重くて、多分6〜7kgくらいかなぁ。さすがにそれは危険と思い、山用の軽いスキーを持ったんだけど、ピリピリって二の腕に痛みが走ったんです。

後悔先に立たず、、翌日しっかりと浮腫みが発症してしまいました。。。

もちろん今でも浮腫が完治した訳ではないので、左腕には弾性スリーブというサポーターみたいなのをつけています。一瞬みた感じでは解らないけど、血管の出方は違うし、比べると左腕のが太いのが解ります。

その状態よりも増して浮腫んでしまったんですよね(涙)

症状としては、重だるさや腫れぼったさと腕全体の硬さ。そして親指から腕へのラインにかけてビリビリした痛み。

ドレナージュの木部先生にヘルプの電話しようかなと思ったんだけど、ひとまず様子を見ながら、身体の声をよ〜く聞いて、私にできることをやってみようと思いました。一応私もボディバーズ考案者なのだし。
ともかく、できるだけ腕を心臓より高い位置に上げてたり、血管のポンプがきちんと機能するように、手首や肘の関節を広げて機能的なエクササイズなどをやってみました。

少しずつだけど、ようやく今日落ち着いた感じがします。もちろん元通りではないけれど(ビリビリは少し残っているので)腫れぼったさも落ち着いたし、なんていっても本日のパーカッションのお稽古は大丈夫だったんです。

良かった良かった。

まだまだ気をつけていかねばだけど、とりあえずは落ち着いてきているので、このまま無理しないで過ごしていこう。

それにしても面倒くさい。あれやっちゃダメ、これやっちゃダメってことがてんこ盛り。
なんてったって、半袖にもなれないし。。昨年は色々と工夫をしてみたけど、今年はどうしようかなって思うと、本当に面倒くさいし、悲しい。

いやいや、そう考えてはいけないのだ!
あれ出来るんだ、これも出来るんだっ!ですよね。

負けるな!ゆっちん←って自分で自分を奮い立たせているのでした。

でも、もし同じ悩みを抱えている方がいたら、私のこの出来事を教訓にしてくださいね。もちろん、人それぞれだけど、もしも無理しちゃったら、ともかく身体を休めましょう。そして、しばらく様子を見ても改善されないようだったら、即専門家を訪れてくださいね。
リンパってとてもデリケートだから、素人で何とかしようとかはダメですよー

教訓その1 ”ついつい”には気をつけよう。


赤い点々


5年ぶりくらいかな?この間スノーボードをやりました。

周りの方々からは、悲鳴のように心配な声で「絶対転ばないでよ!」とか「無茶しちゃだめだよ」って言われたり(笑)

なんでしょね、最近とくに思うのが今の自分の力(身体の状態とか)を試したい!ってこと。ずっとずっと走り続けていた私が、急に立ち止まってしまったことで、私の身体や環境にたくさんの変化が訪れてきました。

ある意味、悔しいこともたくさん。
今までフツーに出来ていたことが出来なくなっていたり、やりたいと思っていたことを諦めなくてはならなかったり…

子供のころからアザができやすく、バレーボールをしていると腕に赤い点々ができたりしていました。血管が弱いっていうのでしょうか。う〜ん、弱いっていうと語弊があるのかな?そういう体質と言ったらいいのでしょか。

久しぶりのボードは、私にとてつもない筋肉痛というプレゼントをくれたのはいいんだけど、なんと筋肉痛の激しい腿の前に赤い点々とアザができているではありませんか!

以前の私なら考えられないことです。スポーツを仕事としていたので、身体を休めるということはまずありませんでした。身体中の組織という組織が常に息づいて、動いていたのを感じていたのに。

手術を受けたことによるダメージ、そして立ち止まったことによって緩みきってしまったからだ。。。緩むことは決して悪くはないけれど、緩みきったあとに回復することって必要でしょ。なのに、その回復がままならないの。

たぶんですね、

自分が思っている以上に、さまざまな治療で身体が傷ついて、そして疲れているんですね。抗がん剤やホルモン療法で、元々強くない血管も弱くなっているのでしょう。

ちょっと悲しかったです。

ガンガン動けていた自分を知っているだけに、少しの筋肉痛で、なんでそんなことが起こってしまうのか。。。納得できなくて悔しいょ。

年相応って言われてしまえばそれまでのこと。

でもね、ゆっくりとそれが訪れたのではなく突然、嵐のようにやってきてしまったから、ココロと身体のバランスがうまくいかないのかな。

“新しい自分を受け入れる”

もう少し時間がかかりそうだけど、ゆっくりと「今の私」を楽しんでいきますね。




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