これにてGreen season終了!伊豆探索の巻


11月の半ばからスウェーデンに住む姉が来ています。ちょうど仕事の合間で今回は珍しく二ヶ月滞在しているので、日本をゆっくり満喫しているようす。

 

本来ならば、スキーシーズンも始まり雪山へ行っているはずの私ですが、そんなこんなで姉と共に伊豆旅行へ行ってきました。もちろん超〜ハードスケジュールの合間を縫ってですが、滅多に行かない海なのでとても楽しかったです!

 

とはいえ、のんびり温泉に浸かって美味しいもの食べて…

なぁんて、宮野家のDNAがそうはさせません。

 

1泊2日でしたが、初日は天城峠〜八丁池をぐるっと歩き、次の日は城ヶ崎の海沿いに伸びる自然研究路を歩きました。

<天城トンネル>

 

八丁池は今年の6月にも歩いたので、四季の変化を感じ、とても良かったです。落葉広葉樹の葉が落ち景色が一変、凍りついた池の周りでは生物たちも冬ごもりか、ほとんど存在がありませんでした。

 

人間も同じですね、平日ということもあるのか、道中会ったのは3人だけ。6月はあんなに賑わってたのにね。

 

 

<大好きなヒメシャラの大木と姉!>

 

片瀬温泉の宿はご飯も美味しく、温泉も貸切露天風呂から大浴場まで多彩で、とても居心地良いじかんを過ごしました。

歩いた後に温泉で疲れを癒し、上げ膳据え膳で飲めや歌えや(笑)しあわせですよね〜

 

お部屋からも朝陽が見える絶好の場所でしたが、せっかくなので外で30分粘り、彩りの変化も楽しみました。

 

翌日は城ヶ崎の海沿いに伸びる「自然研究路〜ピクニカルコース」へGO

遊歩道くらいかな〜なんて軽く考えていたら、いやいや中々アップダウンあるトレッキングコースです。

この日は風が少しあったけど、断崖絶壁のすぐ側まで深い森なので、風を全く気にせず歩け、自然の地形の恩恵を強く感じました。

 

 

それにしても、このコースは南SwedenにあるSkane ladenという海沿いのフットパスに似てたな〜

 

さてGreen seasonもこれで終了。

今年もあちこち楽しく歩けたことに感謝感謝♪



スキージャーナル連載始まりました!


ブログ更新を公言するタイミングが悪かった!

なんと週1回も更新できない日々になってしまいました…

 

なぜか!

そう、タイトルにもあるように「月刊スキージャーナル」の連載をいただき、絶賛追い込み中なのです。

 

 

ものすご〜く深い内容になっているので、資料を集めたり読んだり、毎日格闘しています。

けど、楽しいです。自分がずっと興味持っている内容だし、また私ってこんなこと好きだったんだ〜とか発見もいっぱい。

 

まさか古代ギリシャの歴史にハマるとも思ってなかったし(笑)。

 

けど研究すればするほど、今ここに生きていること、そしてスポーツに関わっっている幸せを感じるのです。

だって生まれたのが1000年前だったら、スポーツで殺しあっていたかも知れないですし。ましてや女なわけだからスポーツなんて出来なかったかも知れないし。

 

改めて生きているこの瞬間を大切にしよう!と誓ったのでした。

 

連載二回目は、「スキーの歴史と偉人たち」です。毎日超〜〜〜頑張っているので楽しみにしててね。

 

それにしても私って完璧に「歴女」でした(笑)。

 

 



ソイチェック!


最近、何かと話題のエクオールって知ってます?

簡単に説明すると大豆パワーの恩恵を受ける源です。

 

大豆イソフラボンは女性ホルモンのうちの一つ、エストロゲンに似た作用があることから、私のような年代(いわゆる更年期が始まる)になると、減ってきた女性ホルモンの変わりに大豆製品が良いと言われています。

 

そんな訳で、せっせと大豆製品を取る訳ですが、実はこのエクオールが体の中に無いと、大豆イソフラボンの恩恵が受けられないそうです。

ということは、更年期がキツイから豆腐や納豆を食べても、エクオールが無いと女性ホルモンの助けにはならないってことです。

 

げげげ〜ですよね…

 

でも大豆製品には、たくさんの栄養があるから勘違いしないでくださいね。

 

私は、42歳で乳がんになり、リンパ転移から抗がん剤。そして5年に及ぶホルモン療法で女性ホルモンを止め、必然的に生理は止まりました。

まだ40代始めというのに更年期が辛く、けど再発転移しないために女性ホルモンを止めた訳だから、ホルモン補充療法なんて持っての他だし、心身ともに闘ってきました。

 

そんなこんなで。

 

せっせと大豆製品を取ることもどうか?と思いながらですが、カルシウム不足も気になり、豆腐や豆乳、納豆などは積極的に食べるようになりました。まあ、好きだったこともありますが…

もう一つの大きな原因は乳製品がNGになったことです。

 

そもそも乳製品大好きで、牛乳を毎朝500mlは飲み、ヨーグルトにチーズもバカバカ食べてたんですよね。

しかーし、乳糖、乳清の遅発性アレルギーが判明したことと、病気について色々調べていたら乳がんと牛乳の因果関係を目にしたので、乳製品は一切やめたのです。

 

んで、話を戻しますと。

 

大豆イソフラボンと乳がん発症の因果関係は無い、と言うことが最近の研究で明らかになったと聞き、それならば「エクオール」と思ったのです。

 

なんだか長ったらしい説明でしたが(苦笑)。

 

んでんで、そのエクオールが私の中にあるのかしら?

なんと、日本人は2人に1人は無いらしいし〜

 

調べましたよ、ソイチェック!というやつ。

そして昨日、その結果が出たのですが…

 

ジャ〜ン!

ありました!!

 

「あなたの腸内では、エクオール生産菌が活動しています」

 

だって。

 

が!

 

「あまり数値は高くありません。理想まであと1歩というところです。働きを良くするには、大豆製品を取る回数を増やしたり、食物せんいを摂って腸内環境を整えていくことが理想的です」だと。

 

なんだか中途半端な感じですが、まずはお腹の中にあったことは感謝しなきゃね。

 

さて、そんな私ですが実は骨密度が低くなってしまい、今度専門病院へ行くことになってしまいました。

せっかくなので、この結果を握りしめ、先生に相談してこよっと。



奈々の結婚


妹と言っても過言ではない、スキー仲間の奈々の結婚パーティにお呼ばれしました。入籍は昨年だったけど、お二人とも忙しく「晴れの舞台」は今年へ持ち越し。

 

入場した途端に顔をクシャクシャにして号泣する花嫁姿に、私の頬にも涙がツーっと…

 

奈々は東京都スキー連盟の専門委員で知り合い、かれこれ20年近いお付きあいでしょうか。私より10歳も下だというのに、「ゆっこさ〜ん」「せんぱ〜い」と言っていつも私の周りにいるんですよね。まるで猫みたいに(笑)。

 

奈々が専門委員として入ってきた位から女性専門委員が増え、女子部屋が二つとか三つになりました。私が入った当時は女性といえば、当時デモの山崎操さんと宮崎友見子さんしかいなかったから、必然的に女子部屋は一つ。

 

それが複数になったので、奈々とは歳の差から?別部屋が多かったけど、常に同じ部屋で過ごしていた気がします。

 

プライベートでも、仲良しこよし。

 

専門委員で結成された自転車チーム「柿泥ぼう」というのがあって、私もそこの一員にしてもらいました。奈々も女性でただ一人、そのチーム員でした。スキーヤーな男性メインで、唯一の女子は若い奈々というメンバーの中、もちろん私はミソッカス。そんな私を気遣うように、「ゆっこさ〜ん、女子乗りしましょ」なんて誘ってくれて、二人で多摩川を走った記憶があります。

 

ちなみに何故「柿泥ぼう」かというと、まだチームを結成する前に、何名かで遠出をしたそう。その時に見事な柿がなっている家の前を通り、一人がスーッと手を伸ばし取ろうとした途端「コラーッ!!」と、家主のおじさんに追っかけられたからだそう(笑)。

 

私が北海道へ行くようになって、あまりゆっくり会えなかったけど、この夏は北海道へ自走していく途中に、那須にある奈々んちの別荘へ寄りました。久しぶりにいろんな話をして、心温まる凄く良いじかんを過ごし、その後の長距離が全く辛くなかったんですよね。

 

都連の仲間のみなさまとも久しぶりにゆっくり再会!

月日が経ってもまた笑って会える、そんな機会を作ってくれたのも、奈々のおかげ。

 

ありがとね。

もっともっと幸せになろうね。



富士山の裾野を歩く(浅間神社〜六合目へ)


113日文化の日といえば、晴れの得意日。雨ばかり続いた週末も、ようやく晴れて気持ちいいですね。

この日は母の命日、本来ならお墓参りに行くのがスジですが、山好きだった母を偲びつつ、富士山へ行ってきました。

とはいえ、登頂ではなく富士の裾野を歩きにです。

 

何回も登った「日本一の富士山」ですが、目的はいつも高度順応のため。なので、五合目からひたすら上を目指すことしかやってきませんでした。しかし、山と一緒に暮らす私たち日本人にとっては、古くから山や自然環境に対して抱く畏敬の念がある訳です。もちろん私にも!

また五合目から登っているだけだと、その裾野に広がる豊かな森も、ほとんど体感できない訳だから、いつか「下から歩こう」と思っていました。

 

晴れの得意日らしく、最高の秋日和。写真をた〜くさん撮ったので、写真中心にお伝えしますね。

 

富士吉田市内にある、別名「一の鳥居」とも呼ばれる金鳥居。かつては信仰登山者を迎え入れる「門」で、俗界との境界線として建立されたそう。

 

出発は「北口本宮富士浅間大社」。

西暦110年、日本武尊(ヤマトタケルのミコト)が、東方への遠征に向かう途中、この地を通過し大塚丘にお立ちになった。その際、富士山の神霊を遥拝し「富士の神山は北方より登拝せよ」と仰せになり、祠を建てて祀ったのが始まりとされています。

 

朝早かったので人も少なく、空気の流れも爽快でした。

 

今までの富士山登山の御礼、そしてこれから登る山旅の安全を祈願し、神社の裏手にある登山道入り口からスタートです。

 

まず目指すは「馬返し」。俗世間と聖域・富士山との結界とされる場所で、かつて登山者がその場所まで馬で向かい、乗ってきた馬を返したことから名付けられています。

すぐに遊歩道となり、標高差570M距離にして約8キロ弱、延々と歩きます。

 

遊歩道ということで整備されているとの事前情報がありましたが、砂礫の中に石がゴロゴロしていて、また雨水が流れた通り道なのか真ん中がくぼんでいるので、かなり歩きづらかったです。

馬返しまでの間に「中の茶屋」がありますが、朝早かったため営業前。残念、トイレに行けず…

 

とにかく富士山の裾野は広い!

延々と緩やかに登って行くのはいいが、行けども行けども先が見えません。アカマツと色づいた落葉広葉樹の森は気持ちが良いけれど、目指す富士山の姿は見れないし。

 

ようやく第一目標の「馬返し」に到着した時は、出発してからなんと2時間半近くたっていました。そしてすでに脚がパンパンに…

あちこち登って歩き回っている私なのに、富士山恐るべしです。

 

気を取り直して出発すると、そこからようやく登山が始まる感じ。登りだすとすぐに茶屋や、登山巡礼のための禊所跡があり、富士講の歴史が色濃く残っていました。また「鈴原天照大神社」の石造りの鳥居があり、信仰の深さを感じます。鳥居の両横には猿が合掌している石造が!なんでも、富士山が一夜にして湧き出たという伝説があって、その年が庚申(かのえさる)だったからとか。日本人の信仰心の高さを感じます。

その先に神社がありますが、現在は廃屋になってしました。

 

その先々にも石碑や廃屋になった茶屋、そして里へ移築された「富士御室浅間神社」など、当時の隆盛をヒシヒシと感じました。

 

<里へ移築された「富士御室浅間神社」>

 

 

<五合目・不動小屋跡。この辺りを天地の境といい、これから上を焼山と言われる砂礫帯、この下を木山と言われる林地とした遥拝所。古くはこれより上に小屋を建てることは許されなかったという>

 

<神様が寄り付くとされる御座石。富士講が奉納した石碑や掘られた文字が見えます>

 

1964年の東京オリンピックに合わせて、五合目まで車で上れるようになると、この登山道は利用者が減少し、荒廃が進んでしまったそうです。しかし現在は登山道もしっかり整備され、歴史を辿る登山道として残そうと地元の方はじめ多くの方が努力しています。

 

深い森を抜けると五合目へ到着!現在も営業している佐藤小屋とようやくお目見えした富士山を見たら、急に現生へ連れ戻された気持ちになりました。

昔の人たちも、ここでようやく富士山の姿を見たときは感動したんでしょうね。

 

出発して6時間、目的だった六合目に到着しました。この夏、甥っ子と登った時に、裾野に広がる雄大な景色を見た場所です。

ようやく富士山がつながり感無量…

 

<奥には富士吉田市、そこから色の変わっているあたりの森をひたすら歩いてきました>

 

山頂を見上げると、人気のない山肌にたくさんの小屋がひしめいています。昔は逆に小屋などはなく、人々は全てをかけて登ったことでしょう。昔の麓から五合目までの姿と、今の五合目から山頂までの相反する姿が、時代の流れを感じると共に、この急激な変化が人の暮らしに必要なのだろうか?と私に問いかけてきた気がしました。

 

その後はスバルライン吉田口まで行き、そこからバスで富士山駅へ。そこでバスを乗り換えて浅間神社まで戻りました。

何を隠そう私も時代の恩恵を受け、帰りはバスで楽チンですもんね(苦笑)。

良いんだか、悪いんだか?



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