スペシャルなキネシス


今日は”スペシャルシリーズ題して、朝からジャイロ”の日!そう、ゆきぷうのジャイロキネシスのレッスンがありました。すっごく楽しかったし、充実した日曜日を過ごしました♪1週間前からは想像できないほど回復しているわたし。一昨日からは車の運転も始めて(バックはまだダメだけど)今日は外苑のイチョウ並木も楽しみながらの通勤も楽しみました。そして久しぶりの現場はとっても心地良かったです。


ゆきこ的に感じたのは…やべっ、ゆきぷう、かなり進化してる!?しかも前にも増して柔らかくなってるしー

ゆきぷうは最近まで京都でキネシスの相当上のクラスまで勉強してきました。そして土曜日からは、マイアミまで勉強しに行きます!というくらい、がんがん前向きに過ごしているのです。だからこそジャイロへの想いは卓越したものがあって、すごいテンションで今日はレッスンをしてくれたんです。

最初のクラスを横っちょで見るつもりで今日はいました。どのくらい動けるかも解らないし、ゆきぷうからエクササイズは大分変わってるょ〜って聞いてたので、様子を見るくらいでした。なのに気がついたら必死に、でも気持ちよく身体を動かし縮こまってるところを開こうとしている自分がいました。

最初の手術のときは、自分と対面してキネシスを通して全てを見つめようとしている私がいました。しかし、二回目の手術のときはできなかった。気持ちも身体も余裕がなく手術を受けるだけが精一杯、そんな私が久しぶりのキネシス…
でもそれは、気持ちよいとかそういう感情じゃありませんでした。動いていなかった細胞ひとつひとつが甦っていくってこういうことなんだという感覚。感動とかそういうものじゃなく「素」な自分が、忘れていたムーブメントという動きを取り戻したというのでしょうか。大げさに言うと、おぎゃ〜と生まれた赤ちゃんが動き始めたような感覚なのかな?

今日こうやって動きを思い出した私がいるのも、今通っているリンパドレナージュの木部先生との出会いのお陰だと思います。気になって気になって仕方なかった左手のむくみ。もちろんまだあるけど、いろんな制約を無理に意識せずに動いていいんだという言葉は本当に大きなものでした。そしてもっと大きな収穫になるかもしれないのは、人間の機能そのものを復活させる動きというのはシンプルで共通しているということ。

あ〜なんだか難しくなってきてしまった!リンパのこと、ピラティスのこと、キネシスのこと、全てが今日繋がってきて、とても興奮&感動してる私。なのでここから先書けば書くほど、すごいことになりそうなのでキーワードを記しておきます。

☆身体の機能はコアから始まる
☆骨を動かす
☆自分の身体を信じて愛する


リンパドレナージュ


今日から12月、年の瀬ですね〜毎年の今頃は東京都スキー連盟の研修で北海道へ行っていました。今年も専門委員の仲間たちは北海道でっかいどー!と騒いでいるだろうな(^^)そんな冬の最中、夏の落し物を発見!セミの抜け殻が葉っぱにしがみついて、北風にも負けずくっついていたのです。なんだか切ないような、嬉しいような…


昨日からリンパドレナージュに通い始めました。先月のブログで紹介したアロマセラピスト伊勢崎さんが通っている木部先生という方です。リンパ浮腫を発症したかどうかの診断もでき、言葉ひとつひとつがすっごく温かくてたくさんの知識がある方です。身体に関しては貪欲な私、今までにない状況からどうしたらいいのか?私にとってベストな方法とは?と、ある意味右往左往してる現実でした。このままどうなってしまうのだろう…とたくさんの不安の中、リンパに関することを色々と説明してくれ、この先生にケアしてもらいたい!と思った一言をくれたのです。

「自分の治癒力を信じて、自分自身でリンパが流せる身体を作りましょう。あなたはしっかりした筋肉があるからそれが可能なはず」

もちろん、それがうまくいかなければ弾性スリーブをつけて運動や、包帯で圧迫する方法を取らなければなりません。でもまずは自分自身の力で流せるようにする、その一言がとても感動したのです。もちろんこれからは色々な制限もでてきます。しばらくは以前のように運動ができなかったりもするけれど、今きちんとケアしておけば、その先良いコンディションが生まれるのであれば、やらねば!という心意気で望みます。

ピラティスもそうです。肩こり腰痛、膝の痛みなどさまざまな身体の不都合に対して、薬を飲んだりコルセットをしたりという対処療法ではなく自分自身でカバーできる身体を作ることを目指します。もちろんそれではカバーできない場合もでてきます。その時にはじめて対処療法を行えばよいのではないのかなと思います。
とはいえ、今回私は究極の対処療法で<がん>というものを治療しています。なぜなら<がん>のように、発症してから免疫力を高めましょう、などと身体全体の機能を上げるのでは間に合わないものもあります。そういう場合はまず積極的に対処療法を受けるべきとも考えます。そしてこれからは今まで自分の不足していた免疫力を高めるべく努力をする!というように両方ともをうまく取り入れていくことが大事なのだと感じています。

話が飛んじゃったけど、今現在、浮腫はじめムクミで悩んでいる方には一日も早く専門家のところを訪ねてください。とくにリンパ隔清をした場合は術後早い段階で治療を始めた方が浮腫を発症しにくいというデータもでているそうです。
私もそうだったけど、本やネットで検索するとたくさんの様々な情報が出てきます。が、人の身体は千差万別。自己判断せずに自分はどういう状態なのかを、専門家に診てもらうことが大事だと思います。そして自分の心と身体に敏感にね、そうすると必然的に自分に合う人や方法が引き寄せられてきますよ♪

木部先生のHP
http://www.j-lympha.net/


8月3日いよいよ退院!


今日は再び夏にもどって退院の日のお話を伝えようと思う。8月3日金曜日、手術から1週間。内臓を切っているわけではないので、普通に食事もできるし傷が落ち着いたらすぐに退院という早さ!不安と嬉しさの入り混じった気分だった。病院にいるときは常に空調管理の中で暮らしているから、外の地獄のような暑さは姉やお見舞いに来てくれる人達の顔色でしかわかりません。察してはいたけど、本当に暑かった!でも外へ一歩でると、いろんな人がいて、車が走っていて、セミが鳴いていてと、心の奥から沸いてくる<生きているんだ!>という想いが溢れ出てきた。

そんな気持ちを綴った日記を書いていたので…
<久しぶりの外の日差しはクラクラした。なんだろう、今までは外界からシャットアウトされていたというか、違う世界にいた感じ。とくに今まで短距離走をずーっとしてきたような生活が、入院してからは、立ち止まったからね。
でも全力疾走でずーっといけるわけないんだよね、今までも、もう息続かないよ、休まなきゃだめだよってサインが一杯あったのに、それを見逃して、身体や心に鞭打ってまで走り続けすぎちゃったんだ。だからクラクラしたっていうのは、ちゃんと休みをしたっていう証拠。それは良いこと。>

短距離を走っているときは、とにかく一生懸命だから気がつかなかった。どんなに苦しくても立ち止まったりスピードを落とすことが怖かったし、やってはいけないことだと思い込んでいた。
”がん”という病気は一生付き合っていくもの。だからこそ、時に立ち止まってあたりを見回してみたり、もたいないなーと思ったらスピードを落とすことを、これからはやっていかないといけない。もちろん、そういう事で周りから見る私の評価が下がったり、期待に添えないものもでてくるはず。それでもこれからは全てを抱えて走っていくだけの人生から脱しようと今おもう。

退院後は近くに住む、兄の家にお世話になった。自分の家ではないけど、兄がいて姉がいてという久しぶりの家族の空間は、本当に落ち着くものだった。玄関の外では風鈴が風にゆられ”ちろり〜ん♪”突然、子供のころにタイムスリップした感覚で、なんだか懐かしくてしばらく風鈴の音とミンミンセミの鳴き声を聞きながら、ぼーっとした時間を過ごした。

夜にはガーゼを外して、濡れタオルを脇や傷口に当ててもらった。それだけなのに、すーっと痛みがうすれていく。隔離された肌が生き返っていく気分。人間って本当に不思議。

<身体の動き>
どうしてもドレーンの傷が気になってかばってしまう。リハビリと思ってなるべく左手もしっかり使おう。少し重いものを持つと、すぐだるくなる。これは無理しないほうがいい。

<エクササイズ>
・股関節などの柔軟
・アームアークス 5回。左手は床から90度まであがるようになった。サイドからも90度くらい。
・レッグスライド&リフト
・ニーディング
・両足のレッグリフトー>腹筋
・二の腕から内旋、外旋
・肩の時計 まだ12時がきつい。
・タオルをひっかけて回す(内回し、外回し)



アンディの不思議


すごく気持ちよい三連休でしたね。天高く馬肥ゆる秋…私の大好きなフレーズのひとつです♪昨日は友達が車で横浜元町へ連れてってくれました。中華街で美味しい五目おこげ(まぢで美味しかった!)を食べて20数年ぶりに元町へ。何を隠そう、昔流行った<ハマトラ>そう、横浜トラッドってやつですね、私はそれにハマッて、その頃に三濱のくつを買いに行ってたのです。キタムラのバッグまでは子供だったので高くて手が出なかった記憶が甦り、めちゃめちゃノスタルジックな気分になりました。

元町から海の見える丘公園まで、階段でつながっていたのでリハビリがてらゆっくりと登っていきました。いやいや辛かった息が切れた…びっくりするほど体力が落ちています。でも上にあるローズガーデンには綺麗なバラがたくさん咲いていて、ベイブリッジもよく見え、上がってきたかいがあると心の底から思いました。当たり前のように歩いたり走ったりしていた自分…今は違うけど、ゆっくり歩くことにも、とても意味があるんだーと感謝する気持ちが一杯です。


再手術をする前に、実をいうとそこまでのリハビリの様子を書いておきたかったのですが、まったくもって無理な話でした。なのでこれからは現在の状況と最初の手術からのリハビリの様子と、ごちゃごちゃする場面もでてくると思います。できるだけ整理して伝えていくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。

今日のお題目は「アンディの不思議」そう、私の先生・アンディのテクニックについてです。先週は東京初のインストラクター養成コースとワークショップ(アンディスタイル)のために東京へ来ていました。土曜日に、なんとかスタジオまで行き(電車と人ごみが怖かった〜)アンディのマニュアルセラピーを受けました。
マニュアルセラピーとは、筋膜のリリースや骨を正しく動かす手法で、身体をひとつのものと考えてバランスを整えていきます。人間の身体は筋膜という筋肉を包んでいる膜に覆われていて(鳥肉の皮を剥したときに見える薄皮みたいなかんじ)その膜が硬くなったり、偏ったりすると中身である筋肉も歪んで、結果として骨が正しく動きません。

アンディの提唱するピラティスは、<骨を正しく動かす>というシンプルなもの。しかしそれを邪魔するアンバランスなものをマニュアルセラピーで取り除いてくれるのです。バランスを取り戻した身体で行うピラティスは、硬いとか重い感じなどなくめちゃめちゃ気持ちよいし、そのままだと再び歪み始めてしまうかもしれない身体に、ピラティスで良い動きをインプットすることは効果絶大と、いいことばかりなのです。

今、私自身少しずつ歩けるようになって感じているのは、歩くときに生まれる身体の自然なひねりがうまくできないこと。

歩くときには肋骨の間にある内・外肋間筋が作用して、体幹部のひねりが生まれるそうです。これについてはまだまだ勉強不足なのであまり説明できないけど、そのひねりのときに必要な骨盤と肩甲骨の動きが、どうもうまくかみ合わない感じだったのです。左の肩甲骨は筋膜のスリングの関係で右の骨盤とも連動して動きます。どうやらそのスリングにメスが入っているので、繋がりが切れちゃっているという感覚です。

☆スリングとは…簡単に考えると<流れ>のイメージ。筋膜は様々な方向に流れるようにつながっていて、筋肉は単体では動きません。足の筋膜が実は頭の先まで繋がっていたりするのです。

アンディ先生は私の歩いている姿を見て、すぐ察してまずは足首を緩めてくれました。しかし足首は相当硬くなっていたのか、足先などの筋膜へアプローチへ。すると”パキッ”っと音がして、すーっと流れが生まれてきたのです。そしたら、手術やら寝たきり状態やらで硬くて辛くてどうしようもなかった首がスルスルっと緩んできてくれました。お〜マジックだ〜!

その後も、痛みやかばうことで固まってしまった場所をユルユルとほぐされて、気持ちよい流れが甦ってきたのです。マジック?いやいや、アンディオリジナル・マニュアルセラピーというれっきとした理論があります。しかし、いつも感じるのは、私を含めたクライアントさんの動きを見抜くその洞察力。かくいう私も一生徒なので、それなりに勉強はさせてもらっているのだけど、あの見抜く力はまさに神業といっていいような気がしています。う〜ん…不思議。あの大きな目で一体何をみているのだろう?といつも思ってしまうのです。

それ以来ギクシャクした歩き方から脱して、身体ひとつずつが機能し始めました。すると歩く速度も速くなり、人並みに近付く…それだけなのに嬉しい気持ちになります。痛みや硬さをかばってかばって歩いていた身体に息が吹き込んだ瞬間だったのでした。

ありがとう♪アンディ先生。


ただいま〜


再手術も無事に終わり、無事に帰ってまいりました〜
みなさん応援ありがとうございます♪たくさんのお見舞いの言葉が届きました。心熱く嬉しかったです。

ゆきぷう&まっきー、留守中ありがとう♪しばらくはPC見れない日もあったけど、いろんなやりとり楽しく見せてもらいました。ゆきぷうは一生分くらい反ったりして楽しいジャイロ@京都を過ごしているようですね。今頃は紅葉のまっさかりかな?
そして昨日、忙しい日程の中、羽田空港から直行してまっきーは家に寄ってくれました。髪が伸びて女らしく変身していて驚いたと思ったら、いきなり解剖の本が出てきて「横隔膜と腹横筋ってつながっているみたいなんだよね〜見てみて!」むむむ??


今回は水曜日に入院して金曜日に手術、そして次の水曜日には退院と、嵐のように通り過ぎた日々でした。そして季節もあっという間に変わっていて、外はもう冬。急に寒くなりましたね、各地大雪で今日はあちこち初パウダーの雄たけびなんだろうな〜いいなあ…
手術後二日目くらいに、なぜか急に志賀高原一の瀬スキー場のパーフェクタコースの急斜面が頭の中に浮かんできました。春には一面コブ斜面になるのですが、そこに立っている私。いやいやまったくと言っていいほど滑れる気持ちになれません。せいぜい横滑りで降りるのが関の山ってくらいな感覚です。その話をお見舞いに来てくれたトムテスキークラブのともちゃん(会長さんなんだけど友達なので)にしたら、「当たり前!」と一喝されてしまいましたが(^^);

ようやく登りきりました。山頂は長く居てはいけない場所なのだそうです。なのでゆっくりと一歩ずつ降っていこうと思います。大地を踏みしめながら。。思えば前回の手術から4ヶ月弱での再手術、しかもその間薬物療法を受けていたので、身体はボロボロになっています。なので手術を受ける前は不安だらけになってしまい、すごく辛かったです(心配はかけたくないけど本音を伝えたいので)
こんな身体の状態で手術を受けたらどうなるんだろう?しばらく寝たきりになるのでは?気になる腕のむくみももっとひどくなるのでは?手術が終われば大きな山場は乗り越えられるはずだけど、このあとどうなるんだろう???などなど考えれば考えるほど悪いことばかり浮かんでしまい、気持ちは落ち込む一方でした。前回の手術のときは、すごく前向きに考えられたのに(恐怖感とは別に)かなりの後ろ向きになっている自分がいました。

やはり心と身体は密接ですね。

ジャイロをやって手術に挑んで、早くからリハビリ開始して、なんという前向きな気持ちは微塵もおこらずに今回はひたすら低い波動の時間を過ごしていったと思います。でもこれも私、元気で前向きなだけじゃないのも事実。
救われたなーと思ったのは親しい人との電話でした。前日は、イエティスキークラブの笠島さんと話をしたり、津南の友達まーぼーとたわいない話をしたりと、特別な何かじゃないからこそ良いんですね。こうしなきゃとか、こうやればとかいつもと違うことをするのではなく、話したいなーと思った人と会話する。それだけのこと…

二度目の身体の変化やリハビリについては、また伝えていこうと思います。とにかく今は、生きていることに感謝してひとつひとつやれることを始めていこうと思っています。

以下は退院前の私の日記より。

<前回よりがんばらない自分がいる。気持ちの問題もあるから、身体を動かす元気がないときに、無理に動かすのをやめた。心に素直になろうと思う。うごかしたーいって思うときは必ずくるのだ。
ピラティスの先生なんだから、スポーツをずっとやっているんだからってリハビリが完璧に進むわけないんだ。痛いものは痛いし、無理なものは無理。それでも自分の身体だから、やさしくいたわりながらずっと付き合っていく。身体や心の声をきちんと聞く。
悪いもの全てを引き受けて持ち去ってくれた私の分身。今更だけど、本当にいとおしい。感謝しなくちゃ、他の身体は元気なのだ!まだまだ生きる、いや生きなくてどうする。やりたいことは山ほど。みんなが待っている。>


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