露天風呂満喫!


九州旅行から帰ってきました。やはり西の国は暖かく、そんな場所にいると雪の生活がまるでドラマの世界のことのように感じてしまいます。日本って広いな〜しかし東京は寒く、現実に引き戻された今日この頃…

初日の福岡はピラティズジャパンの移転オープニングイベントの日でした。新しいスタジオは日本とは思えない空間が広がっていて、凛とした空気が流れていました。加織先生が言った言葉”みなさんのパワースポットにしていきたいと思います”常に前を歩いていく姿がリンクして、心の底から感動!ピラティスに興味がある方、是非一度訪れてください。パワーをたくさん貰えますよ。写真は教会のようなイメージがするスタジオの風景、中央では東京から来たヤスさんが癒し系アフリカン太鼓を奏でていました。


久しぶりの旅行♪姉と出かけたのですが、メインテーマは<ごくろうさま>
姉に対しては、8月の暑い最中に毎日病院へ通って世話をしてくれて、最後には風邪を引いてダウン。スウェーデンに帰る日も、フラフラしながらのフライトで本当に迷惑をかけました。そして、わたし…よく半年がんばりました。終わったわけじゃないけれど、ちょっと一息つきましょう。そんな意味です。なので、ちょっとフンパツして露天風呂付宿を選択しました。

手術を経て、つらいなーと思うのは、普通に温泉に入れなくなったこと。もちろん温泉だけじゃなく宿のお風呂も普通に入ることができなくなりました。これは私にとっては一大事です。なぜならスキーヤーとしては、宿泊がつきもの。それがかなり制限されることになったのです。これはとても悲しいことです。日本人なら誰でも大好きなお風呂に、人の目を気にせずに入れなくなってしまったのです。

それでも私は負けません!今の世の中、多少のお金はかかるけど、温泉付きの部屋という選択ができるからです。

1泊は湯布院の<渓酔居>という宿に泊まりました。月燈庵という宿の増築した部分で、6室の離れで形成されています。感じとしては全て茶室感覚なのですが、広い広い。お茶室、居間、寝室といった具合に日本人なら家族4人が住めるよう。そこに露天風呂が付いていました。大きさとしては畳一畳くらいなので、そんなに豪華ではありません。しかしですね〜、そのほかに二つの貸切露天風呂がありました。表には札があって空き室か使用中かを知らせます。予約の必要がなく空いていれば鍵をかけて入れるのです。きちんとした洗い場はないのですが、簡単に身体なら洗えます。川沿いに立地しているので、木々のゆらめきとせせらぎを聞きながら人目を気にせずにのんびりと心ゆくまで温泉を満喫できました。宿泊人数も少ないので、いつ行っても空いていましたよ。写真は貸切露天風呂のうちのひとつを脱衣所から撮りました。

もちろん食事も絶品♪全て個室なので、これまたゆっくりとした時間が流れていきます。

続いて音連れたのは神話の町・高千穂。ここにはたくさんの神社がありパワースポットがたくさんあります。残念ながら天然温泉ではなくラジウム温泉でしたが、ここの宿も小さいながらに手入れが行き届いた素敵なお宿でした。名前は<神仙>高千穂神社のすぐ近くです。貸切風呂はなかったので、お部屋についた露天風呂に入りましたが、外から遠く聞こえる子供たちの遊び声を聞きながら、身体全体を隅から隅まで伸ばして心ゆくまで堪能できます。
写真は客室からで、右手に洗い場(ここでは頭も全て洗えてシャワーがついてます)があります。

宮崎といえば、地鶏!溶岩焼きというのをいろり(ここも個室)の炭火焼で食べたんですが、いやいや美味しかった旨かった♪

出かけるのが好きな私。これからはいろんな不便も感じるだろうけど、良かったな〜と思う施設やサービスも伝えていこうかと思います。もちろん乳がんでなくたって、今回のような宿はプライベートな時間が満喫できますので、ヨシ!と思い立ったら、一度訪ねてみてください。


リマンマ教室


氷雨の降る日となりましたね。関東近辺のお山は雪とか…大雪、チェーン規制、渋滞etc.三連休にお出かけの方は気をつけてくださいね。

先日スタジオや私のスキーヤーズサイトを作ってくれてる、濱田さんと打ち合わせをしました。彼はイラストレーターでもあり、会うときには自分で描いた絵を見せてくれます。ちょうど、マテ茶飲みますか?から始まり、マテ茶の絵を描いたんだという話題で盛り上がりました。


マテ茶はアルゼンチンで取れるお茶です。日本では飲むサラダと言われているそうで、ビタミンが豊富なお茶です。アンディ先生の先生であるLAにいるMarie-Jose先生が大好き、ということからマッキーや私はハマッテます。結構飲みやすいですよ、利尿効果もあるみたいで、とにかくトイレに行きます。
そしてその飲み方は、絵のおじさんが持っている壷のようなものに茶葉やお湯を入れて飲むらしいのです。よく見るとストローみたいなので飲んでるでしょ?どうやらそのストローの先に茶漉しがついているのだそうです。もっとルールがたくさんあるようだけど、簡単にいうとそんな感じ。それにしてもお茶をストローで飲むって面白いですよね〜どこかで売ってないかな?欲しいな。

今日はリマンマ教室のことを書こうと思います。これは病院で行っている患者さんへのサポートサービスのような感じ。乳がんや婦人科系の病気では、ただ切って回復を待つという訳にはいかず、下着の問題や抗癌剤の副作用(脱毛、吐き気などなど)への対処方法など、たくさん問題が降りかかってきます。それを看護士さんが色々と相談にのってくれたり、必要な機関を紹介してくれるのです。大変ありがたいです。

私は退院1週間後に、この教室を受けました。教室とはいってもプライベートなので、自分の困っていることなど色々と相談できます。そのときに初めてブラジャーをどうすれば良いかを聞くことができました。病院では販売していないので、乳がん患者さんのサポートをしているところを教えてもらい、後日そこを訪ねたという具合です。それ以外でも抗癌剤による副作用やリンパ浮腫の対策など、これから長く始まるだろう治療への情報が色々と入るよい教室でした。ただ何回も言いますが、そのタイミングが良かったかどうかは別物です。

ともあれ、そのときの看護士さんが「どれくらい腕が上がるようになった?」と聞かれたので、「このくらいかなー」と言って挙げて見せると、「えっ?それだけ?だめよ、もっとがんばって動かさなくちゃ」と…
そして肘も持って、ぐいっと挙げて「こうやって円をかくように回してね」とギリギリ回したのです。くっついていた皮膚がバリバリバリ〜と剥がされた感じ&痛かった!でもですね、その後は動かすのがすっごく楽になって、一気に稼動範囲があがりました。

いやいやピラティスのIRなんだから、リハビリはプロ!と高をくくって自分を甘やかせていた私の現実がもろくも崩れ去った瞬間でした。

さすが医療関係者です。患者さんを甘やかさずにしっかりとやれることはやらせる!脱帽した出来事でした。そのときに、そんなに痛いほど動かしていいのねと悟らなければ、その後の動きはないのではないかと思います。先生からは痛み止めを飲んでもいいから、動かすようにと言われていたけど、まさかそんなまで必要とは。。

一番怖いのは、傷口が開かないかなーということでした。肩は動かさずにいると癒着して後が大変と聞いていたので、動かしていたつもりだったけど、実はインナーをメインにしていたので、皮膚が伸びていってなかったんですよね(あくまでも自分のイメージ)傷口が大丈夫な時期がきたら、どんどん動かして皮膚を伸ばしていかないとダメなんですね。

それからはエクササイズも積極的に行うと、腕もどんどん挙がるようになり、脇も開いていくことができるようになってきました。脇が開いてくると傷口や切った身体をかばうことが自然と少なくなるので、バランスも少しずつセンターで取れるような感じです。手術後三週間くらいで、水がたまることも少なくなり腕も床から120度くらい(仰向けで)挙げられるようになりました。ただ、調子の良い日と悪い日があり、三歩進んで二歩さがる♪という具合ですが。

このころから気になり始めていたのが腕のむくみです。左側の肩甲骨や背中側から腕の内側にかけてビリビリとした痛みがあり、見た目としては二の腕がむくんでいました。むくみに関しては乳がんだった母の苦労が頭の中にあり、また下手に情報を仕入れてしまったために、リンパ浮腫になったらどうしよう??と頭の中を渦巻き始めていたのです。今おもうとその時点で、そこまで心配する必要は全くありませんでした。手術後は傷の影響もあるので、むくみやすいそうです。しかも、リンパを取っている私は、新しい流れを作るためにマッサージなどを必要以上にケアしてはいけないそう…しかしやっていた私。

今でこそ本当に強く感じる<必要な情報を必要なタイミングで、正確に>

こうやってブログで伝えているのも、私が失敗したことやこうだったら良かったな〜と思うことも含め知って欲しいからです。そして同じ過ちを繰り返す人が1人でも減ることに繋がれば嬉しい限りです。もちろん個々に違う状態になるので、一概に何がいいと私は言えませんが、信頼できて正しい情報をもっている人が近くにいるのがベスト…今の医療現場では難しいのかもしれないけど。

今日はこれからピラティス養成コースを受けている人たちの勉強会に行ってきます。現場を長く離れている私に何がお手伝いできるか解らないけど、1人でも良いIRが育ってくれたらなーと心から思います。
そして明日からは九州旅行へ!アンディ先生のスタジオが移転オープンしたので、そのお祝いをかねて福岡&高千穂へ。入院や兄の家にお世話になるために荷物を詰めるのではなく、遊びに行ける旅行♪兄からも「随分張り切ってるね〜」と言われました。姉も一緒だから心強いのであちこち楽しんできますね。

みなさまに素敵な週末&クリスマスが訪れますように…

I wish you a merry christmas !!


愛の輪


今日は一段と寒い朝でしたね〜最近寒いけどがんばって朝外へ出て、ウォーキング&体操をしています。朝陽を浴びていると、生きてるな〜と実感します。お山は大雪みたいですね!今頃楽しく滑っているスキーヤーズの方の笑顔が浮かびます(^^)そんな時、何故私はここにいるんだろう?スキーをやっていないんだろう?と、ふと思うときもあるけど、深く考えずに一日でも早く雪の上に立つ日を考えていこうと思います。

まずはゲレンデに立つ!そしてパウダーを滑る!

今日はですね〜<心の葛藤と愛>について書こうと思います。
乳がんが発覚してから、本当に色々な人に助けられてきました。人間はひとりでは生きていけない、というけど痛感したどころか、人と支え支えられつつ生きていくことの素晴しさを知りました。ある意味それまでの私は”ひとりでがんばる”ことに美徳を感じていたのかも知れません。
3人兄姉の末っ子として生まれた私は、小さいころから甘ったれで常に人に頼って生きてきていました。それが色んな経験や体験によっていつの間にか、人に頼ってはいけない、自分で全てやるといった方向へ進んでいたのです。

実を言うと数年前、心のバランスを崩した私はカウンセリングに通っていました。そのときの先生とのやり取りを思い出すと、警告があったと思います。その時々は、気をつけていこうと思うのですが忙しい生活が始まるとまた同じことの繰り返しをこの数年間ずっとやってきたのだと感じます。

こうやって<死>というものと向き合うようになって、たくさんの人に相談もしたり頼みごとをしたりしています。自分にとっては、このことが一番の大きな転機として大切にしていることです。二回目の入院のときは、姉は来れなかったので親戚のみよちゃんと親友のコモに毎日のように来てもらって、洗濯ものやお漬物(好物♪)をもってきてもらいました。そして今も兄の家にお世話になっているのですが、マメな人なので食事も作ってくれるし(いつもじゃないけど)頼みごとは何でもやってくれます。ピラティスの仕事に関しては、聡子先生がレッスンを全て引き受けてくれて、スタジオの庶務など大変な思いをしながらこなしてくれてスタジオを守ってくれています。残念ながらスキーに関しては変わりにやってくれる人はいなけど、私の復帰を待ちながら帰っていける場所を確保してくれている仲間がいます。もちろん近くにいなくても励ましのメールをくれたり、遠くから見守っていてくれる人たちが大勢いて私の生きる原動力となっています。

人に頼ることを思い出し、頼ることによって人のとのつながりが生まれた。。それが<愛の輪>です。

この<愛の輪>は大好きなケミストリーの楽曲<ai no wa>から生まれました。
1回目の手術の翌日は鎌倉・由比ガ浜でケミストリーのライブがありました。もちろん行けるはずない私は、一緒にファンクラブに入っている親友コモに「絶対行ってよね!そしてどんなだったか伝えて」とお願いしてました。次の日に当日の様子を教えてくれて、会場の様子などの写真と2枚のCD、そして本を持ってきてくれました。

手術後はリンパ転移が見つかったため、私の心はものすごく落ち込んでいて、とにかく泥沼に入って抜け出す方法が見つからない状態。神様も仏様もいない、どこまで行ったら終わりがあるんだろう…
そんな私を救ってくれたのは、コモが持ってきてくれたプレゼントだったのです。写真はライブ会場にぶら下がっていた”てるてる坊主”そうだよなー、今は雨が降っていても心に”てるてる坊主”を吊るそうとベッドの横に貼りました。


本は表紙にアザラシの子供が写っている詩集だったのですが、心に響いている言葉”とにかく眠ろう。明日になれば何かが変わっているはず”入院中は毎日、眠れない夜にぼーっとこの本を見ていました。

そして発売されたケミストリーのシングルCD。カップリングに<ai no wa>が入っていて、それを聞いたときには涙が止まらずにいる自分がいました。

♪君を包み込む、鮮やかな愛の輪がひとつふたつとまた芽生え始め、見上げる空誓おう、もうひとりじゃないんだ♪

もう一枚のCDはJUJUでこれも深く深く心に響いてくる曲があり<奇跡を望むなら…>

♪抱えきれないほどの悲しみに胸が包まれる夜も。奇跡を望むなら泣いてばかりいないで、幸せにはふさわしい笑顔があるはず。夜明けを待ちながら見つめるその先には探していた未来が微笑む、両手を広げて♪

今、しあわせです。この曲を聴きながら泣いていた病院のベッド、でも今は普通に生活ができて楽しい毎日がある。たったそれだけでも生きていて良かった、これからは私が頂いた<愛の輪>を広げながら輝く未来へと進んでいこう!と思う自分がいます。ちょっと大げさかな〜それでも…

ひとつの愛の輪から世界中にたくさんの愛が広がっていきますように。。。


不要な力を抜く


氷雨が降り続いた一日でしたね。今日は家でゆっくり事務仕事をすることにしていたので、傘をさし縮こまって歩く人を横目に暖かく過ごさせてもらいました。ちょっとだけ幸せを感じちゃったりして。

朝一でスタジオへ行くときは別として、家で過ごすときは午前中に身体を動かすことにしています。最近治していきたい点は足首のアライメントなので、まずはテニスボールでリリース。これはテニスボールを足裏で踏むことで、硬くなった足の関節をゆっくりと開いていきます。その日によって硬いところ、痛いところが違います。
そして身体全体を目覚めさせていくために、仙骨、首、骨盤底のリリースを行います。これはテニスボールではなくもう少し大きなボールを使います。仰向けに寝て、仙骨や首の下にボールを置いて身体を委ねるのですが、寝ている間に固まった身体がゆるゆると起きだしてきます。


考えてみると、このリリースをするということをいつの間にか大切に思わない自分がいました。私たちの行うピラティスで一番大切なこと、そして伝えるのが難しいのが<不要な力をとる>ということです。リリースは、まさにそのためにあるようなものなのに、発症する前の私はその大切な基本をする余裕すらなかったのです。いや、正確に言うと発症してからもできていませんでした。最初の手術から3週間くらいして、ようやくリリースの大切さを思い出したのです。

骨盤底のリリースとは、あぐらをかいてお尻の下にボールを置きます。骨盤の一番下を支える骨盤底筋群をボールで押し上げて目覚めさせるのです。そのときに股関節が硬かったり骨盤がゆがんでいると違和感があります。そしてボールの上に背骨、頭を真っ直ぐに置くことによってセンターがきちんと意識できます。そうですね、球根からすっと緑の茎が伸びて、その上に真っ赤なチューリップが咲いているようなイメージです。

最初の手術が終わり、ようやくリリースの大切さを思い出した私でしたが、実を言うとその後もちゃんとできませんでした。なぜなら8月24日から薬物療法が始まったからです。それから二度目の手術までの間は、身体の浮き沈みが激しくひとつのことを集中してやることはあまりできなかったのです。もちろんリリースはやっていたけど、果たして不要な力がきちんと抜けていたか?センターが意識できていたか?それについては決してYESとは言えません。

今では必ずその意味をかみ締めながらリリースしています。不要な力を抜くことは大分取り戻してきたと思いますが、骨盤底のリリースでの違和感はまだ続いています。それでも焦らずに続けていくことで徐々に取り戻していこうと思います。ローマは一日にしてならず…何事も続けることでゆっくりと変わっていくんですよね。

アンディ先生から教わった「不要な力を抜くことで、初めて必要な力が入る準備ができる」この言葉はとても大きな意味があるのだと思います。身体だけでなく心もそうなのではないでしょうか。どんどん吸収しようとすればするほど自分の中に余計なものが滞って、本当に必要なものが入る余地がない。福岡の加織先生からも素敵な言葉をもらいました。「アウトプットすることでインプットするスペースが生まれる」、このことを言ってもらったのが10月。

そして今、身体の力も心も溜まってから捨てるのでは遅すぎることに気がつきました。中々難しいことだけど先に投資するのです。捨てたり出したりすることって実は怖いし、不安なこと。それでもまずは準備しなくちゃね!スペースができた身体や心には、自分では想像できないほどのものがたくさん入ってきますよ。それもすんなりと♪

心も身体もいらないものを捨てましょう。是非、実践してみてください!


リンパドレナージュ


クリスマスも近くなりあちこちでイルミネーションが輝きだしましたね♪ハローウィンが終わった兄の家も装いを新たにクリスマスバージョンに変わりました。決してクリスチャンではないけど、こうやって季節を楽しむことは楽しいですよね。

そういえばサンタクロースというのは、トムテという北欧の妖精のうちの1人だって知ってました?その妖精達は緑やら茶色やらの、森と同化した色の服を着ているのですが、コカコーラ社が何年か前にイメージキャラクターとして赤色の洋服を着せたのです。そこからサンタクロース=赤い服になったらしいです。姉の住むスウェーデンに行くと、この季節はトムテショップというのがたくさん見せ開きして、各家庭を飾るクリスマスグッズが登場します。サンタさんは赤ではなく緑の服を着てるんです。面白いですよね〜

今日はリンパドレナージュの続きをお話します。というかドレナージュを受けている私がどうなっているか?

治療はかなり順調に進んでいます。とにかく今の段階では、手術の傷によって生じているリンパの流れや身体全体の機能低下を解消することがメイン。そして今あるムクミをどうやって取っていくか、それと平行して取れたムクミが再び発症しないようにしていくこと。

先生いわく浮腫を発症しているかどうかは微妙なところらしいです。部分的には浮腫になりかけている?なっている?あたりも見られるそう。最初に診てもらった時は腕、背中、胸など全体的にむくんでいたので見えなかった部分が、むくみがかなり軽減されて色んな部分が見えてきました。最初に書いたブログ<リンパドレナージュ>では、うまく進まなかったら弾性スリーブなどをすると書きましたが、実際の展開としてはうまく進んでいます。でも、部分的な浮腫っぽいのが見えてきたので、今日から弾性スリーブをすることになりました。

今現在、右腕と較べてみてもほとんど違いが解らないほど回復しています。でも、今後のためにしっかりやるべきとこはやる!といった具合です。私の性格上、納得して必要となればとことんやるのがお分かりだと思います(^^);

私の場合、弾性スリーブは左腕の手首から脇の下までつけています。圧迫の度合いのつよいタイツのようなイメージ。このスリーブをつけて普段どおりに生活をして動かしていくことで、浮腫を解消させていくのです。今日からは、より積極的に動いていこうと思います。傷の治療も受けているので、動き自体は大分無理なくできるようになっています。万歳をすると胸の引きつれはありますが、痛みも我慢できる程度になっています。

○今日現在で私がやっていく課題と気をつけること(木部先生から)

・手術によって傷つけられた胸筋の回復のためのストレッチ、そして軽い負荷をかけてトレーニング
・肩・肘、手首の関節を積極的に動かしていく
・右と左を区別せずに使う
・左手で持つ荷物は1KGくらいまで。それ以上重いものはもたない

○ピラティスからみた身体の動きで気をつけること

・右に寄っているバランスに気をつける=センターをしっかりとる意識
・足首のアライメントを治していく
・ハムストの硬さをとる
・右内腿の硬さをとる

そして先日から気になることがあるので、それもお話します。今回ムクミを発症させて気づいたのですが、とにかく弱い部分がムクンできます。私はもともと手首や腕が弱く、握力も17くらいといった具合に脚などに較べると桁違いに弱いのです。アンディ先生からも”ゆきこは腕がいつも緊張している”と指摘を受けているのですが、弱い分ゆえなのでしょう。木部先生からも肘と手首が弱く、しかも肘から下のムクんでいる部分の奥に凝りがあると指摘されました。この凝りもムクム原因のひとつらしいです。う〜ん…何やら共通する部分が見えてきてます。

で、ピンときたこと。それはハイパーエクステンション(猿手)です。右腕は違うのですが私の左腕はハイパーです。普段のエクササイズではできるだけハイパーにならないように気をつけているのですが、きついエクササイズになるとNG。そのために肘関節にかなりの負担をかけているのでしょう。この件については色々と調べていこうと思っています。今現在は、自分の身体での気づきなので。

弱り目にたたり目ではないけど、普段から弱い左側。そこに手術を受けたものだから、ますます弊害が生じたというような具合でしょうか。。。そんなこんなで益々アンバランスな状況に陥りがちですが、ここで踏ん張り手術前よりも良い身体のバランスを作るべく思考錯誤していくつもりです!

☆前にも書きましたが、浮腫治療では個々により本当に差があります。なので素人判断をせずに、まずは専門家の診断を受けて適切な情報を得ることが大事です☆


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