ゆっくりとピラティス


天高く馬肥ゆる秋・秋・秋…す〜っとどこまでも伸びる透明感ある空が広がった1日になりましたね。今朝は8時から、ゆきぷうのジャイロキネシスを受けました。今スタジオで一緒に働いている聡子先生とふたりで。キネシス初めての聡子先生&リハビリ中の私という組み合わせでしたが、ゆきぷうはお互いが満足いくように組み立てをしてくれて、すっごく気もちよかったです。さすが、ゆきぷう!

朝ジャイロって、めちゃ気持ちよいですよ!寝ている間の縮こまった身体に、ゆっくりと息を吹きかけひとつひとつの関節を起こしていく。身体がリズムを奏でることで、その日いちにちのリズムが生まれ、有意義になること間違いなし。

今度の手術日も朝ジャイロしよ♪と心に誓ったのでした。写真はゆきぷう。後ろから後光が刺してます(^^)


さてさて、今日は術後4日目にピラティスを開始した段階のお話をしたいと思います。

左側の腕、肩、背中の感覚がないような、ぼーっとした感じとビリビリした痛みはまだまだ続いています。これはメスを入れているわけだからある程度は仕方ありません。気になるのは歩くときで、どうしてもかばってしまうので、身体が斜めになってしまいます。昨日は大分まっすぐかな〜と意気揚々と姉に聞くと、「まだこんな感じ」と真似してくれた斜め状態を見たら…トホホ。先は長いなあ…
それでも、できる限り歩く。たとえ斜めだろうが、なんだろうが、歩く!そして動かす。今のリハビリは痛み止めを飲んででも動かした方がいいと先生に言われました。自分に甘い私、そのあたりはウヤムヤにして、動かせる部分の指先や手首などはグルグルといつも回していました。

身体の回復状況は
肘から下は、ほぼ元通り。肘の屈曲もOK。寝ている状態で腕はベッドから45度くらいまで上がるが、横へ開くことがかなり厳しく、ほとんど開くことができない。

そしてピラティスの開始にあたり…
よくぞ、これを考案してくれたね!創始者ジョセフ・ピラティス(涙)
感謝感激!簡単だけど色んなものが集約されているリハビリの基本プレ・ピラティスを作ってくれたアンディ先生(涙涙)
プレ・ピラティスは、そのほとんどが病院の狭いベッドの上でできるものなのです。場所も隣も気にせずに、大好きな曲を聴きながらリハビリができるなんて!私は幸せものだ〜

内容としては
○(仰向け)肩、お腹&股関節、への働きかけをするエクササイズを3つ。
部位別と思いがちだけど、ピラティスは、どんなエクササイズでも身体全体がお休みしていることはありません。基本的には身体全体の機能をあげていきながら、さまざまな部位を動かしていくといったイメージになります。

○(立位)体側から腕を広げる動き 数回<ー痛みと戦いながら
これは病院から渡されたリハビリの冊子に書いてあったやつ

○(座位)肩の時計と腕の内旋&外旋
これが結構キーポイント。時計というのは肩を時計に見立てて動かすのですが、アンディ先生がおこなうセルフリセットのひとつです。とにかく最初に何をやったら?と不安になってまずマッキーに電話をしました。そしたら言われたのが、このふたつは必ずやること。ちなみにそれから今日まで(術後約3ヶ月ちょっと)毎日かかさずやっています。

何故、肩の時計と内旋&外旋が重要なのか?

これは後々マッキーから聞いた話だけど、関節の柔らかさと筋肉や皮膚の柔らかさとは別物だそうです。メスをいれることで組織的に硬くなり、関節を動かすことをやめてしまうと、固まってしまい大変になってしまうらしい。このあたりは、PT(理学療法士)でありながら、その豊富な知識でピラティスを指導しているマッキーに直接書いてもらうこととしようっと。ちなみに、マッキーはPT向けにピラティス・ワークショップなどをこなす、めちゃ凄い人なのです。

マッキ〜続きはよろしくね♪


決断2


大分寒くなってきました。今週末は山では雪が降る予報。いよいよスキーシーズン近し!このワクワク&ドキドキ感はいいですよね〜シーズンスポーツをやっている人のみ感じることができる特権♪
そういえば、何年か前に今頃大雪が降ったの覚えてますか?夏はインライン全盛のころで、とある企画でスキー&インラインで群馬の鹿沢に行ってました。なんと11月はじめというのに大雪が降ったんですよ。でも良く考えるとスキー場なんだから、ありえる話。が、私は何を考えてたのかノーマルタイヤで行ってて、車を下へ降ろせなかったんですよね。結局宿の車を借りて、東京へタイヤを取りにいった記憶が甦りました。ちなみにその後、すぐに白馬47へ滑りに行ったのですが、なんと下まで滑れたんです。11月4日ですよ〜驚き!

さておき、今日は<決断>の続きを書こうと思います。
手術を受けると術後の補助療法というのが始まります。癌の場合、基本的には全てを取り除くというが大前提。リンパ転移がなくても取り残しているかもしれないがん細胞を、転移があった場合は全身に散らばっているかもしれないがん細胞を、という訳です。とくに乳がんの場合は早くから全身に広がる性質があるそうで、この補助療法というのがひとつ鍵を握っていると思われます。

以前お話した国際的なガイドラインというのがあって、腫瘍の大きさや進行のステージ、癌の性質などでその方法はいくつかに分かれます。ガイドライン的に私の場合は色々微妙な位置で、ここでまたひとつの大きな悩みがやってきました。

乳がんの場合、女性ホルモンが関係している場合が多く、ホルモン受容体があるかないかが選択の分かれ道になります。陽性の場合はホルモン療法が効果があると言われているのです。ホルモン療法は長期になりますが、抗癌剤より副作用が少ないといわれていますので、QOLがあまり下がらずにすむ場合が多いのです。なので基本的に陽性ならホルモン療法は受ける方向になります。

そしてリンパ転移が陽性なら抗癌剤。しかし最近の抗癌剤はめっきり強く行う方向へ進んでいるらしく治療は辛い可能性大です。なぜ強い方向性なのか?本屋さんへ行くと驚くほどのVS抗癌剤の本がずら〜と並んでいます。書いている内容はほとんどが抗癌剤を受けると本来癌細胞をやっつける自分の免疫を下げるから、かえって癌が増殖すると。それに対抗するかのごとく強くなる抗癌剤…う〜む。

西洋医学的に身体を痛め続けていいのだろうか?切る、焼く、毒を飲むの三大療法って何なのだろうか?正常な人なら誰でも毎日生まれているがん細胞、それが増殖を始めたきっかけを根本から退治しなければならないのではないだろうか?それには他の方法もあるのでは?
手術後まだまだ痛みのある身体の状態で考えることはそのことばかり…

結果、今の自分には何がよくて何が必要なのか、そして何がいらないのかを自分の身体・心に素直に問いかけてみました。自分が出した決断は、まだ体力があるうちにできる治療は全て受ける。受けたくても受けれない状況になることもあるわけで(アレルギーとか)
やってみないことには解らない。そして一番重要なのは、癌になった原因の今までの生き方を全て変える覚悟を決めること。

このときも色んな方に色んな相談もし、ご意見も頂きました。
その決断を後押してしてくれたのは、友達のお父さんのメールです。「若いのだから体力がある今、できることは全てやってほしい。生きていればこの先医療は益々進歩して新しい治療法がたくさんでてくるはず」

そして決断をしたあとは、姉のひとことが支えてくれています。「けいごと直美(甥っ子と姪っ子)のためにも辛い治療を乗り越え、きっちり完治を目指してまた元気にあちこち旅行へ行こう」

家族がいてよかった、友達がいてよかった、仲間がいてよかった。


決断


今日はハローウィン!家々ではいろんな灯りのパフォーマンスがあるのが心楽しくなりますよね。
私の兄は半分アメリカ人です。今は日本にいるのですが、グリーンカードがあるので、アメリカ人としてアメリカの企業から転勤という形で日本に滞在しています。なのでかどうか解らないけど、ハローウィンの飾りを綺麗にしてあるのでパチリ。この不気味な笑みが何故か心なごみますよね。

本日のお題目は<決断>告知からここまでくるに至った数々の決断について伝えていこうと思います。

乳がんとは不思議な部分もあって、深刻な病気にもかかわらず案外時間もあり、自分で様々なことを決めていかなければなりません。まず最初に私に訪れたのは、「病院を決める」ことでした。検査機関で受けたので、そこから一生付き合おうであろう病院&先生を探すということです。もちろん検査機関では3つの病院の名前をあげてもらいました。ひとつは聖路加国際病院、そう山田邦子さんが手術を受けた病院です。そんなことで患者さんが殺到しているらしく、最初からそこは諦めました。そして紆余曲折ありましたが(風水も聞いたりして)私が全信頼を置いている直美さんという女性に心のケアもしてもらおうと思い、彼女が勤めている虎ノ門病院に行く!という決断をしたのです。

彼女や彼女を含め他の病院関係者の方は、皆、うちの病院へ来なさいということはありませんでした。病院の雰囲気や先生と合う合わないは、みやのさんだから、先生に会って診断を受け、病院の雰囲気を見たりして、決めた方がいいと。そして不安だったらセカンドオピニオンを受けるべき、という医療者として、りんとした意見には本当に助かりました。

私なりに病院を決めるポイント(優先順位は上から)
1、まずは主治医の先生と合うかどうか
2、その先生が執刀してくれるのか
3、術後の治療も主治医の先生が診てくれるのか
4、病院の雰囲気は好きか
  私が好きなのはアットホームな雰囲気
5、家から通いやすいか(とにかく通院が多いので)

そして主治医の川端先生の診察が始まると、次は「どのような手術を受けるか」、です。乳がんは比較的進行が遅いといわれているので初診から1ヶ月くらいは時間があります。その間に、温存法か全摘出かやセンチネルリンパ生検が受けられるかなど相談できるのです。もちろん、そんな余裕がない場合もあるし、腫瘍の大きさ、個数、乳房の大きさ、リンパ転移の有無、広がりなど個々によって違いが数段ありますが。

私の場合も散々迷いました。今まで生きてきた中でこんなにキツイ<決断>をしたことはなかったと思います。いろんな人の力を借りました。直美さんはもちろんのこと、コメントを寄せてくれた、あらいみお先生、遠くは福岡の心療内科の先生など大勢の方。本当に感謝の言葉がありません。みなさん、自分のことのように優しくかつ厳しくご意見を言ってくださいました。

一番悩んだのは、友達の計らいで血管内治療を行っている奥野先生に治療方針を聞いたときです。血管内治療とは、動脈からカテーテルを通して、癌細胞に栄養をあげている新生血管を取り除くという方法です。メスを大きくいれるわけではないので、入院も短く身体への負担が少ない治療方法。私が聞いたのは、この先生が行う超音波治療というもので、身体を傷つけないということに、かなり心引かれたのです。女性のシンボル・乳房を切るということは本当に辛いこと。それを少しでも軽くしたい!女性なら思うのが当然なことだと思います。しかし、新しい治療法でまだ認可されていない状態=生存率や成功率など見えてない部分が多いものでした。散々悩んだ結果、みお先生が言ってくれた「奥野先生は乳腺のプロではないから、今悩んでいる全てを素直に乳腺のプロ・川端先生に相談してみたら?川端先生ならきちんと聞いて意見を言ってくれるはず」という言葉が、ようやく心を軽くしてくれました。

ちなみに奥野先生は、日本で唯一どこでもカテーテルを通せる”神の手”と呼ばれている先生。紹介してくれた友達のお母さんが現在そこで治療中なのですが、治療法もなく痛みと衰弱していた身体から癌細胞が見事小さくなり、今では旅行もいけるほど元気になっています。ご興味ある方は以下を覗いてみてください。
http://www.etclinica.com/top.html


7月12日最後の決断をする川端先生の診察の日、私の悩んでいる経緯を全て話すと、もちろん先生はその治療を知っていました。その上で私の場合はその治療法にそぐわないということを図にも書いてきちんと説明してくれました。そして再手術の可能性がある合意の上で、手術法を<決断>したのです。

私なりに手術法を決断するにあたって(優先順位はなし)
1、妥協しない(自分のことなのだから、何がなんでも調べる)
2、納得するまで先生と話す
3、自分の置かれている状況(診断)をきちんと把握する(こうだったらいいなとかは厳禁)
4、人に頼る(氾濫する情報を解読できるのは、やはり医療関係者の力ありき)
5、近すぎる人の意見は情に流されやすいので聞きすぎない
6、自分の嗅覚や感覚を磨き、感と自分の身体の反応を見つめる
7、最後は自分で決める(これはかなり大事)
8、自分で決めたことは、きちんと受け入れて責任をもつ(かなり重要)

うわ〜またしても長くなってしまった!まだある<決断>なのですが、長すぎなので続きはまた書きますね〜
ブログを書き出して、あちこちから心配の声を聞いています。本当にありがとうございます。とくに再手術を受ける、ということでご心配をおかけしているようですが、再手術にあたっては、お話したように全て覚悟の上での<決断>の結果です。もちろん!受けない結果であるのが望ましかったのですが、後悔はしてません。痛みに弱い私としてはあの痛みだけは、なんとかして欲しいけど。。。とほほ。
とにかく今は完治へ向けて、あとひとつ乗り越えます。ありがとうございます♪




立つという大切さ


今日は私の所属するピラティズジャパンのインストラクター養成コースへの道のり・プレトレーニング3日目(長っ)を見学してきました。来月から東京で養成コース第一期が始まり、それに参加するにあたってのトレーニングです。
プレの講師は加織先生。私がめちゃめちゃ尊敬しつつ、大好きな先生です。思えば福岡の<ふ>の字も知らない私が、福岡へ導かれるがままにはまったピラティスも、加織先生ありき。赤子のような私を、手取り足取り教えてくれた大切な先生なのです。
1回目のプレトレーニングは8月にあったのですが、そのとき私は手術直後でした。まだある痛み&上がらない腕を抱えて、加織先生にレッスンをしてもらったときにたくさんのヒントをもらい、そのヒントは今も大切に行っているものです。もちろん、そのヒントは良いタイミングでこのブログでも書こうと思っています。

今日は久しぶりに勉強をして忘れていたものに気づきました。今は身体というものと向き合う時間がとても多くなっているのですが、手術による変化、そして心の乱れから、身体全体と向き合う根底にあるものを忘れていました。現在行っているリハビリでも常に身体全体のつながりを大切にしているのにも関わらず、それはうわべだけのものだったのです。
例えば、サイドストレッチで左脇が伸びずに腕の内側のラインがピリピリする=>できるだけ小指へのラインを大切にストレッチしよう。と考えていたのですが、今日のヒントで以下のようにやってみました。
腕は鎖骨から始まるのだから、鎖骨から腕を伸ばしてストレッチする=>すると前者より傾きは少なくなるけど、身体の横はしっかり伸び、腕のピリピリ感もなくなり、しっかりストレッチできたのです。
難しい話になりますが、<腕>という基本的な動きを意識できた結果、効果的なストレッチができたのだと思います。


本当に良い日でした。ブログを書くにあたり、どうやってリハビリのこと、動きのことを伝えていこうかと悩んでいるのですが、今後に向けて忘れていたことを思い出さてくれた加織先生との再会でした。

これから書きたいのは、手術後の私のようす。翌日には回復室から自分の部屋へ徒歩で行かなくてはならなく(リハビリも兼ねて)まずは起き上がるところからですが、まったく無理な私。まず最初はお昼を食べるべく、ベッドの背をギリギリっとあげてもらったところで、悲鳴!「痛い痛いいた〜い!やめてえ〜」頭から血が噴出す勢いで傷の痛みが走るのでした。敢え無く降参した私は、ちょこっとだけ起こしてもらって、その日に限って何故ウドンというお昼をちょろちょろと食べたのでした。あんなにお腹が空いたままだったのに…

そしていよいよ看護士さんに即され、着替えをして部屋移動の儀式。どうなることか…はあ。。

まずは、すこ〜しベッドを起こしてもらい、呼吸。息を吸って〜吐いて〜ふう。。さきほどまでの痛みはなく(それでも痛いけど)最後は看護士さんに引っ張ってもらって起き上がりました。その段階で冷や汗全開!しばし落ち着いてから床に足をつけ、自分の足で立ち、さて手術着からマイパジャマへ着替えるぞ。しかしズボンを脱ぎかけたところで、吐き気と目眩が私を襲ってきたのでした。とにかく立ってられる状態じゃなく、再びベッドへ舞い戻ったわたし。しかもズボンを脱ぎかけたまま…
それでも人は立つということがとても大事で、1回できたあとは、さきほどまでの痛みも感じることなく無事に着替えることができたんです。そのあとは歩いて、と言いたいところですが自分に甘い私は、看護士さんにお願いして車椅子で自分の部屋へと戻りました。
そのとき痛切に感じたのは、<立つ>という大切さ。看護士さんも呆れて「みやのさんは痛みに弱いわねえ、翌日からみんな歩くわよ」なんて言われちゃった私ですら、<立つ>という作業だけで回復が違うんだということを身をもって知りました。

その日の大変な出来事がもうひとつ。胸のレントゲンを撮りに行くというのです。信じられない!立つのがやっとの私、歩いて行ってしかもレントゲンを撮る〜??ご心配なく、もちろん、車椅子で連れてってもらいました。
でも、立たなきゃレントゲンは撮れないので、再び立ちあがり撮影へ。技師さんは腕をできる限り広げてとか、もう少し近付いてって言うのだけど、気持ちはあっても無理。かなり斜めの状態でしたが、なんとか撮影して再びベッドへ。その日はどうしても行かなきゃいけないトイレだけ姉に手伝ってもらいながら行ったのでした。

人間、そんなに強くないです。よくピラティスやってたから手術後もよかったでしょ、とか回復が早かったんじゃないといわれますが、そんなことは決してないです。痛いものは痛いし、できないものはできない。ただひとつ違ったのは、人より冷静に自分の身体の変化を見れたんじゃないのかなと思います。だからこそ自分にできるだろうリハビリを始めることができたのかなとも思います。
しかし手術後はリハビリどころの騒ぎではなかったというのが今日お伝えしたいもうひとつです。

こまごまと身体の様子を書いていたのですが、術後2日目そこには以下のように記してました。リハビリらしいものといえば、肘から下を動かしたことくらい。指を使おうと思ったので、キーボードは早くから打とうと思っていました。

7月29日(日)
少しずつ痛みもよくなる。朝、ベッドからの起き上がるのができるだろうか?と不安だったけど、膝を立て、少し傾けて右手と腹筋を使ってみるとなんとか起き上がれた。やっぱりピラティスやってて良かった♪でも起きると血がまわるのか、ずきずきと痛いのでしばらく休んでから動くようにする。

<身体の動き>
痛みをかばうから大分斜めになっている。左が伸ばせないけど、仕方ない。顔を洗うのも右手のみで左手はほとんど使えない。
肘もできるだけ曲げ伸ばしをするようにする。もらった資料では2日目から、髪をとかす練習って書いてあるけど、うそでしょ〜!どうがんばったって無理。
肘から下はほとんど正常な状態になった気がする。二の腕、背中は、ぼーっとしてむくんでいるし相変わらず鈍痛がある。ピリピリした痛みは大分なくなった。





検査を受けるということ


昨日は書きたいものが、ふたつになってしまい、どちらを書こうかと悩んでいたら、結局かけずじまい…とほほ。
明日の夜、土曜日にやった都連フィットネスの理論バージョンがあるのだけど、治療に入ってしまったゆっちんは行けないので、参加者の方からの質問を書いていたら、なんとあっという間に2時間が経過してしまいました。
当然ブログを書く気力なく。。

今日は<検査を受ける>ということについて書こうかと思います。
前にも伝えましたが、現在日本女性の20人に1人が発病すると言われる乳がん。それは検査の受診率があがったので、早期で発見できる人が増えたからだそうです。アメリカでは、なんと8人に1人!しかしアメリカの死亡率はじょじょに減っているのに対して、私達日本人では増えているそうです。なぜなのだろう・・・これには食事の変化だとか様々な説があるみたいですが。

ピンクリボンや芸能人の告白などによって、検査が盛んになり本当に良かったとつくづく思いますが、まだまだ検査率が低いのが日本の現状。おそらく、私はまだそんな年齢じゃないとか、仮に検査を受けても経過観察で安心したりしてませんか?

今や35歳から疾患率があがり40代前半から50代にかけてがピークになる、発症年齢がどんどん若くなっているのが現実です。かかりやすい人には、遺伝性(母親、姉妹に乳がんがいる)、初潮が早い&出産経験がない(これは長い間エストロゲンというホルモンにさらされているから)、背が高い(これはなんでだろう?)など色々あるようです。ちなみに私は母親を乳がんで亡くしましたし、出産経験がありません。おまけに背も高い。リスクは当然高いのですが、ひとことでリスクが高いから発症したと思いたくありません。なぜなら、遺伝なんて言ったら、それこそ変えられないの?と本末転倒だし、癌は自分でコントロールできるということに気がついたから。
そう、癌にかからない生き方をすればいいのです。この話を始めると横道にそれてしまうので、一旦棚の上に上げておいてと。もちろん肩甲骨を下げながらね。

では検査はどうやって?
私がここまでかかって発見した道のりをまずお話したいと思います。4年前の2003年の春に健康診断を受けました。そのとき、実に私は心も身体もボロボロ状態で、案の定、肺に影がみつかり精密検査となりました。健康診断の前にアレルギー性喘息を発症していたのだからだと思います。その際に年齢も年齢だし胸だからと、乳がん検診も受けたのが最初でした。そのときの診断は乳腺症。これは、硬いしこりができたり、水がたまったり、痛みが出るのですが、それ自体は悪性ではなく、乳がんが見つかりずらいということで経過観察になります。それからは半年〜1年に1回の検診を受けていました。
そして2005年の9月に受けたマンモグラフィーの検診で、両乳房石灰化現象、左胸局所的非対称性組織と診断され、3ヶ月〜半年に1回の検査になりました。2006年4月に再度受診して同じ診断。今から思うとここで安心せずにもう少し詳しく調べていれば…という思いは消すことができません。
そして私自身も忙しさにかまけてたのと、そんなに深刻に考えてなく、次に受けた今年の5月に決定的なものになったというのが流れです。もちろん、これはあくまでの私の例で、ほ〜んとに様々なパターンがありますのでね。

しかし、ここでひとつ検査を見直してみました。2005年からは東京のとある検査機関で受けているのですが、石灰化があった時点で、もう少し詳しく話ししてくれていたらと思います。石灰化=乳がんではありませんが、石灰化していることで見つけずらくなるのだと思いました。石灰化というのは、乳管にたまったお乳が垢となって、そこから外にこぼれ落ちて石灰化という現象になります。これ自体はがんではありません。がんは最初、乳管の中にでき(乳管がんの場合)その中にとどまっているものは非浸潤がんで、その段階で発見できれば、100%近く完治できます。そこから管を破って浸潤がんとなり、血管やリンパに転移すると考えられてます。管にあるがんの真ん中の方は栄養がもらえなくなり、死滅して、お乳の垢と同じように外へこぼれ落ちるときに発見されるのですが、そのときの画像がお乳の石灰化と似ていて見つけづらいのだそうです。

私の場合はまさしくその状況で、今年の春に、とある検査機関から高井戸東クリニックというところを紹介されて、そこで検査をして
もらい見つかったのです。
私はしこりになるタイプではなく、乳管を広がっていくタイプで触診&エコーではほとんど見つけることができませんでした。実際に詳しい検査でも触診、エコーともに異常なし。マンモグラフィーで、その先生はどうしても気になるから細胞を取りましょうということで見つけてくれたのです。乳がん=しこりと思いがちですが、私のようにしこりにならないタイプの全体の25%ほどいるそうです。最近では、TV番組で色々な乳がんの特集もやっていますが、しこりにならないタイプの発見について、取り上げていないのが気になります。なので今回はあえて私の例をだして、伝えようと思いました。

いまやただ検査を受ければいいという時代ではないと思います。
的確にその検査を読み取る力のある先生のもとを訪れなければなりません。私が見つかったのはラッキーだったのかどうかは神のみぞ知るだけど、とある検査機関でまた見逃していたら、飛んでもないことになっていた可能性大です。

何故、今日はこちらのお話にしたかというと、昨日は病院の日だったのですが、私の主治医の川端先生が市民開講講座で講演をすると聞いたので、興味のある方、男性でも奥様や恋人のために聞いておこっとと思う方、お時間があれば是非にと思ったからです。
詳しくは0120-701-220 市民公開講座 乳がんってどんな病気?11月6日(火)18:30〜20:00会場は
http://www.miraikan.go.jp/
港区医師会が後援で参加無料だそうです。ちなみに川端先生は本も執筆していたり、毎年開かれる国際会議にも出席して毎年変わる乳がん治療のガイドラインをきっちり勉強されている方です。
まあ、あまり愛想は良くないけど、質問にはきっちり答えてくれます。私が手術方式で散々迷ってたときにはじつに50分もかけて相談にのってくれました。
そうそう、川端先生はエコーでも発見してました。まあ、先生いわく「あるという前提のもとで見てるからね」というけれど、他の先生は「う〜ん、川端先生はどうやって範囲を特定するんだろう?」と悩んでましたが(^^);

とにかく、ゆっちんの結論としては、検査は早めに、そしてちゃんと結果が読める先生のもとへGO!です。

追伸:がんの診断はあくまでも私の現在の知識の中なので、心配な方はちゃんと調べてくださいね♪


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