ガイド研修会@白馬


そんなこんなで怒涛の2月が終わり、なんとか3月へ滑り込みました。

 

最初の週は山小屋に泊まりながら、札幌郊外を縦走するHutten Kette。そして初日は台風並みの大荒れの天気となりました。びゅーびゅーの風雪の中、なんとかガイドたっちー宅にたどり着き、車を乗り換えて集合場所の千歳空港へ。

その道中に、間も無くやってくるガイド資格更新研修会のことを、たっちーに聞いてみたんです。

 

すると、何やらものすごーく大変な気がしてきまして…

何せ資格を取って初めての研修会です。とにかくロープから地図読みからレスキューから何から何まで自信がありません。

 

こんなことを言ったらダメなのかも知れないけど、山のことを知れば知るほど怖くなり、私でできるのか?大丈夫なのか?といつも疑心暗鬼なんです。

Hutten Ketteツアー中も常に頭の中を研修会への不安がよぎり、ニセコへ戻るや否やすぐさま練習に取り掛かりました。

 

友達にも手伝ってもらい、山へスキーに行った帰りに実際の現場を想定し、引き上げの練習や、コンパスを使って地図読みのトレーニングをしたり。

 

しかも何故かこのタイミングで、「果たしてElbrusにチャレンジなんてできるレベルなんだろうか?」とまで考えだしたり。

「そもそも基本的に体力が無い私の上に、こんなオバさんなのに、ガイドなんて務まるはずがなかった。もう返上した方がいい」とか。

 

要するに、すべてに対して自信喪失してしまったというやつです。

 

しかし時は止まってくれません。

鉛のように重い身体と心を引きずって白馬へと向かいました。

 

私が選んだ研修会の内容は「ルートガイディング」です。他にもスキーだけじゃなくいろんな内容の研修会があるのですが、日程的にも大丈夫だし、私に必要だと感じたからです。いや、他の内容もすべて必要なんですけどね。

 

研修生は山岳ガイドが2名、登山ガイドが私を含め3名、そこに講師が2名です。しかも山岳にはたっちーがいて、登山にはプロスキーヤーのYさんがいました。他の2名の方もバリバリ現場でガイドやっている方々。

 

もちろん私もやっていますよ。

けど内容のレベルが違います。私は基本的にスキー場のリフトを使って、山へ行くというよりどちらかと言ったら滑り専門です。本格的な山スキーの時は、地元の先輩ガイドに頼んで、私はリーダー的にフォローするようにしています。

 

結果は…

 

たくさんのダメ出しをもらいましたが、すべてに対して自分が必要なことばかりでした。

中でも一番印象的なのは、滑りのガイディングの時のことでした。目的地に対してどのルートを通れば安全で効率的なのか?を必死に地図を読もうとしていたのですが、「お客さんが楽しいと思える場所を進むことが一番安全なんですよ」という講師の言葉でした。

 

そうなんです。地図ばっかりニラメッコしていてもダメなんですよね。実際の山の様子もしっかり判断して、その上で「どう楽しく滑らせてあげるか」なんです。多少おりすぎてもシールで登り返せば言い訳ですから。

 

行く前は「あ〜悪魔がまだまだ私に棲みついている〜」と嘆いていましたが、参加して本当に良かったです。

 

ほんのちょっとですが、自信もついてきましたし、何よりガイドとして私のできる=やっていく方向性が見えた気がしました。

1歩ずつ、がんばろーっと。

<登りのガイディングをさせてもらい、精神的にヘロヘロになった瞬間>

 

 



悪魔に取り憑かれた2月


季節は巡りすっかり春模様になりましたね。もう桜も咲いたとか?

長らくブログを停滞してしまいましたが、倶知安のネット環境もなんとか整い再びスタートしたいと思います。

 

というか、もっと前にネット整ったんですが、なんだか忙しさにかまけて&更新しない癖がついてしまったようで(苦笑)。

 

そんな私としては、まず2月のご報告をしたいと思います。長いです。

 

何を隠そう、ほっんとに大変なことが続いた月でした。

お話ししたようにまずは携帯が壊れ、それに関係してネット環境が崩壊。そんな最中に5月に行く予定のElbrus遠征のパーミッション(許可証ね)が、大変時間がかかるとのことで早々にロシアのVISAが必要になりました。

 

しかし!

 

パスポートは東京〜〜〜

 

いつもは危急時に備え、東京にいる兄に合鍵を渡しています。しかし姉が来ていたため、その鍵は姉が使っていました。そして1月2日に一緒に倶知安へ来て、6日に姉は娘と東京へ戻り、数日東京で過ごした後、その鍵はポストインしてスウェーデンへと帰ったのです。

 

なので合鍵は東京のポストの中…

 

じゃあ、自分の鍵を兄に送ればいいじゃない?って思うのが必然ですが、なんと3月15日までにVISAが必要と判明したのが、岩木山に向かう車の中でした。ちなみに2月の16日です。

 

ロシアのVISAって取得が大変なんですよ。宿泊の証明書だとか、ウェルカムレターみたいなのが必要で時間がかかるんです。

しかしそこはさすが日本でロシアのVISA取得専門の会社があって、そこにお願いをすることにしました。

 

しかし鍵を兄に送って、家に行ってもらって、パスポートと写真を取得会社に送ってもらって、などを仕事で忙しい兄にとてもじゃないけど申し訳なくて頼めません。

 

岩木山からニセコに戻るのが20日の夜。そして翌日からは5連チャンでガイド。しかもルスツステイも入っていました。

 

もう悲鳴をあげるのもできない(悲)。

 

ちなみにその時点でまだネットが回復していません。そして恐ろしいことに、確定申告はあるし、月末でいろんな支払いもあるしという悲惨な状況。

 

ルスツでのガイドが終わった翌日の26日は、いよいよネット設置の工事の予定だったので、もうすんなりいくことを祈り、その日にネットバンキングで月末の仕事をすることにしました。

 

しかし!ここで終わらない私の不運。

 

ルスツの最終日に大転倒して、顔面と肩を強打しちゃったのです。右目が内出血して頭クラクラ、肩は上がらない。優しいゲストさんに早めに終わらせてもらい、なんとか帰宅。

 

翌日はDVか?と思うような青タンができ、そして右目がどうもおかしいんです。さすがに病院へ行き、いろんな検査をしてもらいました。まず眼底骨折は大丈夫で、網膜剥離もおそらく大丈夫でしょうとのことでしたが、目がおかしい状況は3〜4か月続く可能性があるとのこと。

 

少し安心し、その日予定通りにネット設置の工事を受け、見えづらい眼を使いつつネットバンキングなどの作業をしました。

 

そして翌日始発の電車で千歳へ行き1泊2日の弾丸東京行きをしてきました。

その朝の寒かったことと言ったら…駅までは徒歩15分くらいなんですけど、マイナス16度の暗い雪道を腫れた眼でトボトボと歩いていたら、「私は何やってるんだろ?こんな52歳でこの先どうすんの?」と物悲しくなりました。

 

まあ、無事にVISA付きのパスポートになり、パーミッション申請もできたようなので、心はだいぶ復活しましたが…

 

しかしまだまだ大変なことは続く。

 

<おまけ>

細木数子さんの六占星術をチラッと見てみたら、2月の運気は「乱気」。得意分野で失敗したり、順調だったことが滞ったりして、自信喪失ぎみです。

 

だって。

 

岩木山で厄落としにチャレンジ!

 

 

 

 

 

当たらないんだなぁ…これが。



参りました…


ずーっと調子が悪いあいふぉん。どうやら、アップデートによる電源の問題に引っかかったらしく、写真を撮ろうとするとシャットダウンしてしまうことが多くなりました。

 

それは困りますよね〜

 

結果、電源の問題ではなく壊れているとのことで急遽新しくなり…

一応バックアップしておいたので、まあいいかと思ったのもつかの間。

 

電話番号が大分なくなってしまって。

しかもニセコで必要な分含めたくさん!

 

そんこんなで苦労の挙句、あいふぉんは何とか使えるようになったのはいいが、今度はネットワーク環境が死滅…

 

もう散々です。

 

あっちいったりこっち行ったり、

あっち電話したりこっち電源したり、

 

疲れました…とほほ。

 

というわけで、初の携帯で更新報告です。

 

しばし冬眠します…z z z



クロカンにチャレンジ!


あっという間に1月も終わりに近づき…

それにしても関東の大雪といい、本白根山の噴火といい、日本中が災害の恐怖にさらされてしまいました。被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。

 

そんな中ですが、北海道というのは災害に強いなあ…と思うことしばしば。

というか、自然が近いところに住んでいると自ずと自然と共に生きていこうとするんですよね。

 

 

今年の春にはElbrusが待っているので、一番頑張らなきゃならないのは、体力アップです。シーズン中は過労働につき、どうしても体力が落ちてしまうので、それをなんとか避けなければと、先日クロスカントリースキーに挑戦してみました。

 

前々から悩んでいたのですが、冬に走ることできないなら、何か手だてはないか?と。

 

私の借りているアパートの目の前は、小学校の校庭があって、授業なのか休み時間なのか生徒たちが、よく校庭でクロスカントリースキーをしているんですよね。

そんな光景をぼーっと眺めながら、「これだ!」と気付いたのが昨年なのです。

 

近くに町営スキー場があって、そこでは何とクロカン一式が無料で借りられるのです。しかも住民じゃなくても。

 

という訳で、考えるよりまずは行動!の信条の私はチャレンジしてきました。

 

ただですね、誰も何も教えてくれないということ。

 

「はい、どうぞ」と渡され、何となく雰囲気で靴とスキーを合体させ、長いポールを何とか手にくくりつけ、スースーと前へ進んでみました。

とにかくスキーが軽いのは楽だけど、エッジはないし靴は運動靴みたいだし…

 

とかくアルペンスキーを履いていることに慣れているからか、この何もない感が不安定でたまりません。

まあ、オリンピックで見る姿を想像しながら、まずはコースを2周してみました。

 

「おっ、ぎこちないけど何とかいけるじゃん」

 

と、いい気になり一段下にあるコースへと行くと、まずは下り坂が待っています。思いの外、スピードが出つつカーブへと侵入するとスキーがコースから外れ、あっという間にデン!と尻もち。

 

そうなんです。エッジがないからコースから外れるとスキーが開いていってしまうんですよね。

 

「よし、これは勉強になった」

 

と、先へ進むと今度は上り坂です。

 

「むっ、どうやって登るんだ?」

 

最初はコースから外れないように、まっすぐ登ってみますが、あっという間に速度が落ち、ズリ落ちてしまいました。困った挙句、その場でyoutubeのお世話になることに。

最近はすごいですよね〜

「クロカンの登り方」で検索すれば、いろいろ出てくるんです。

 

それによると、スキーをまっすぐにして登れない場合は、徐々にスキーの先を開いてハの字で登っています。

 

「よし!これだ」

 

と意気込みチャレンジしてみると、坂の半分くらいまでくるとスピードが落ちてしまい、あれよあれよという間にまたしてもズリ落ちて、スタート地点より後ろまで滑って行ってしまうのです。

 

チャレンジすること3回で、諦めの早い私はやめることにしました。

しかしすでに大汗!

 

雪国の冬、体力アップにクロカンは最強だと気付き、こういう場所で生活する人々にとって、アウトドアに親しみながら健康維持をしていくことが大切なのだと強く感じましたとさ。

 

この冬の間に、もう少しカッコよく走れるようにガンバローっと。

 



姉と過ごした2ヶ月間


SNSが全盛の時代、どこで何を発信しているのか?はたまたしたらいいのか?がグチャグチャになってしまうお年頃になりました(苦笑)。

 

Face bookとかインスタとか、あっという間に情報が流れ埋もれ消えてしまう日々が、少し悲しいなーと思う反面、いらない情報ばかりに埋め尽くされてしまうのもキツイしね。

 

自分に負担をかけないように、けど伝えたいことは伝えていこうと改めて思う今日この頃なのです。

何をかくそう、そもそもこのブログのタイトルは「伝えるために生きている!」です。今じゃ、かっこつけて「YUKIKO MIYANO OFFICIAL BLOG」だなんてしているけどね(笑)。

 

この秋、Swedenに住む姉が2ヶ月ほど日本に来ていました。

大抵長くても3週間くらいなのですが、仕事の変わり目などいろいろあり、初めての長期滞在でした。

年齢で3歳、学年で4つ違う姉とはあまり一緒に暮らしていません。母がとても外交的というか、目線がとてもグローバルだったので、子供たちを海外へ出すことに力を入れていたからです。

 

彼女は高校生の時にすでに1年ほど、休学してアメリカの高校へ。ちなみに私は中学生になったばかり。日本に戻り日本の高校を卒業すると、今度はすぐにスイスへと旅立ちました。

向こうで働くようになってから一旦日本に帰ってきましたが、3年くらい暮らした後、現在定住しているスウェーデンへと渡ったのです。

 

そんなこんなで、私が一緒に暮らしたのは物心ついてからだと、本当に数年だと思います。

今でこそ通話は無料アプリがあるし、メールもあるから、時間も気にせずにやりとりができるようになったけど、当時の国際電話といえば高額!

 

それでもたまにかける姉との電話がとても嬉しくて、長電話になっては母に「いい加減にしなさい!」と怒られていました。

 

この2ヶ月間、本当に楽しかった。

忙しくなる時期にきついかな〜とも思っていたけど、全くそんなことを感じないほど楽しい毎日でした。

 

来る前に「よし、一緒に行こう!」と企てていたのは、まず映画「ゴッホ〜最後の手紙〜」を観に行き、それからの「ゴッホ展」。

 

えっ?私がゴッホ?

と思うなかれ〜

 

昨年の夏にフランスGivernyのモネの家に行ってから、実は絵画に興味を持つようになった私←ほんとよ。

 

からの、吉本公演(これは私らしく)。

 

それとそれと、大橋トリオさんのライブ。

 

それからそれから、あちこち山歩き(これは報告済み)。

 

本当にあっという間の2ヶ月でした。

もっと日本にいてくれたらいいのに…

 

まあ、ずっと仲が良かった訳ではないけど、両親はとうの昔に他界し、自分で家族を持っていない私にとっては兄と姉は欠かせない大切な存在。

何かあってもすぐに飛んでこれる距離ではないけれど、これからも心は寄り添っていきたいなと思った日々なのでした。



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