2018激変に終わりを告げよう!


平成最後の幕が降りるまで残すところ数時間となりました。

 

この一年を振り返ると「激変」の2文字がピッタリな気分です。本来自由に生きている私は、自分で自分の向かう方向性を決めるたち。しかし周りのうねりに飲み込まれ、あれよあれよと言う間に、激流に飲まれ揉まれここまで流れてきたような気分です。

 

それが良いとか悪いとかマイナスが気持ちではなく、ゆっくり考える間がなかった状況でした。

まるで満員電車の中であがいてもどうしようもなく、あっちに押されこっちに押され、自分の意志を持つ余裕がないという感じ。

 

ゆらゆら漂うのなら大歓迎なんですけどね(苦笑)。

激流だったもんで、苦しいことも多々ありました。

 

2018激流のシメは、「お引越し」です。

わずか1ヶ月という短期間で、ニセコへの移住を決め1226日に9年間住んだマンションを引き払い、北海道への生活をスタートさせました。

 

6年間に及ぶ二重生活のピリオドを打つ予定はありましたが、こんなに早く決断する日が来るとは思いませんでした。

なので、バタバタを通り越しまるでドタバタ劇。

 

なんたって引越しを決めた時には、すでにスキーシーズンがスタートしていた訳ですからね。

半分以上東京にいない中で、スキーキャンプの準備、ピラティスのレッスン、引越しへ向けた荷物の整理etc…

 

身体が疲れるより頭が疲れ果てました。

そりゃそうですよねー

その間、なんたってスキーブーツを3回も忘れて行動してしまいましたし(笑)。

 

しかし!おかげさまで、なんとか暮らせるまでに整えたので、無事に年越しできそうです。

 

本年も大変お世話になりました。来たる2019年は「平穏」を望みながら、形を整えていきたいと思います。

 

みなさまが迎える新しい年も素晴らしい時間になりますように。

 

PS.

しかしまあ、私の生涯って絶対にドラマや映画になると思うのは、自分だけでしょうかねえ…



乳房予防的切除を考える


前回のブログで「人間も地球上の生物なのだから、微生物の力を借りて最終的には地球に帰るべき」と語った私。

声を高らかにではないけれど、そんな覚悟を決めている!と思っていたが…

実際はジタバタしているのが、まんまとあきらかになってしまいました。

 

冬に入る前の私は、いろいろと検診が立て込んでいます。

 

手術後から続く年一回の婦人科検診。

そして遺伝子診療の面談。

そしてそして乳がんの主治医の検診です。

あっ、骨粗しょう症の方の診察もあった。

 

婦人科検診の方は、今年もお陰さまでクリア!

なんだかんだと不安を抱えているので嬉しい限りでございます。

 

そして遺伝子診療の方はというと…

先生が変わりまして。

新しい先生の初めての診療でしたが、いや〜ショックなことを言われました。

 

BRCA陽性だと、今のガイドラインでは乳房切除は推奨です」

 

正直、欧米に比べ日本の遺伝子治療はかなり遅れています。私が卵巣の摘出を決意した当時、まだ乳房の切除はありませんでした。

倫理委員会の問題があるとかで。

 

しかしあっという間に今では推奨になっていたという事実。

 

卵巣摘出の決意をしたのは、祖母が卵巣ガンで苦しんでいた姿を見ていたこと。そしてホルモン陽性の乳がんだから卵巣を摘出することで女性ホルモンはストップするのだから、リスクが減るわけです。

ホルモンを阻害する治療を5年間行い、その上で卵巣を摘出したので対側のリスクはだいぶ減ったと思っていたのです。

 

もちろんそれはその通りです。

が、それを上回る治療(摘出)の効果が臨床的に認められ、ガイドラインになったということなのです。

 

卵巣を摘出した後、徐々に私は身体の変化を感じています。

もちろん大きな治療をやってきたのだから、そんなもんは、へのかっぺでしょって思うかもしれません。

が、今回、相当きついのです。理由はわかんないけど…

骨粗しょう症もそのうちの一つ。先生曰く、あきらかに卵巣摘出による後遺症の一つだそう。

 

今、私は左胸にパッドを入れているのですが、重いザックを背負うので劣化というか潰れるのでしょうね、しょっちゅうダメになってしまいます。

仮にシリコンを入れた同時再建手術を受けた場合、取り替えのきかないシリコンが潰れたらどうなるのでしょうか?

 

左胸と脇には大きな傷があります。

ホルモンの影響であちこちギスギスしてきて、その傷が悪さをして身体がどうしようもないほど硬くなってきてしまいました。

左腕はリンパ浮腫もあるので、まるで自分のものじゃないような重さを感じるようになってしまいました。

 

これ以上、身体を傷つけたくない!

 

でも元気で生きていきたい!

 

QOLの向上と大切さを深く考えさせられる毎日です。

 



何だろう、この意味


今日、たまたまつけたTV番組はTBSの「世界遺産」でした。

 

カナダの北東部にあるニューファンドランド島の「グロスモーン島国立公園」のこと。

初めて見る映像は、地球の成り立ちに対しての限りなくロマンが広がり、あっという間に惹き付けられて見てしまいました。

そこは、ちょうど「流れる氷河」の通り道だそうで、あのタイタニックも、その氷河に衝突し沈んだそうです。

 

ニューファンドランドっていう犬種がいるのご存知ですか?

 

亡き私の兄がアメリカにいる頃に買っていて、初めて会った時はあまりの大きさにビックリしたっけ。

しかも2頭いたもんだから、その迫力ったらありませんでした。

 

そんなことを思い出しながら見終わり、続けて回したチャンネルは「National Geographic」。

雑誌は好きだけど、あんまりTVは見ていなかったのに、たまたま回したんです。

そしたらなんとタイタニック号の特集でした。

 

えっ!?どういうこと?

 

タイタニックという言葉すら、一体何年ぶり?というくらいなのに。

 

またまた惹き付けられて見入ること約30分。

その番組の着地点は、海底深く沈んでいるタイタニック号は想像より早い速度で微生物に浸食され、数千年後(とはいえ遥か未来)には姿が消失してしまうだろうとのこと。

 

実は今日、両親や兄の葬儀をお願いした葬儀会社に勤める古くからの知り合いとお昼を食べていたんです。

彼女はピラティスのレッスンを受けに来てくれていて。

その時に話の流れで私は「基本的に人間も地球上の生命体なんだから、微生物の力を借りて最終的には地球に返るべき」と

張り切って語っていたんですよね。

 

もちろん、これも全部たまたまです。

 

生命体ではないタイタニックも微生物が分解するんだ、、と思いながら、地球の懐の深さに感激を覚えつつ、人間の生き方や行く末を深く感じたのでした。

 

この課題については、しっかり考えないと。

 

ふむ。。

 

面白いなあ、、毎日って。

 



上高地〜ニセコ〜高千穂からの伊勢路!


Elbrus遠征を書くべし!と思いつつ、早くも一ヶ月以上が経過…

私は絶対だめだめだぁ〜と嘆いている今日この頃。

 

言い訳していいですか?

 

って、ブログだから一方的に言い訳しちゃおっと。

 

前回のブログを書いてからの一ヶ月間、私は決してボーッと生きていた訳ではありません!チコちゃんには絶対叱られないと思います(笑)。

 

一体何をやっていたかというと。

 

まず西穂高方面へ出かけてきました。

数年前から取り組んでいる「テント担いで北アルプス縦走」ですが、今年は兄のことなど色々あって気持ちに余裕なく見送っています。しかし年に一回は、一緒に歩いている先輩と山並みを眺めたく、上高地ベースに2泊3日をテントで過ごしてきました。

 

考えてみれば、上高地っていつも素通り。

のくせに、実は高校の修学旅行で上高地に泊まっていて、その懐かしい記憶もあったりして。

 

今回は初めて大正池とか田代池とかも巡って来ました。

 

その後は急遽ニセコへ。

実は来年にかけて色々と動きがあって(これはまだ内密)、1泊2という強行でブーンと飛んで、ブーンと帰って来たのです。

 

そしてすぐに宮崎県の高千穂へ。

何年もかけて高千穂のことは取り組んでいるのですが、それが形になりつつあって、そのために行って来ました。

 

現地で大変お世話になったのは高千穂については何でも知っているベテランガイドの高藤さん。

その高藤さんのお祖父さんが、宮崎県の男性最高齢で御歳105才!一緒に過ごさせていただいた時間は、驚きを超えて感動でした。

 

感動の高千穂から戻るやいなや、連休はハイキングツアー伊勢路。

ビュワーンと名古屋へ行って、参加者の皆様と充実の3日間を過ごしたという訳です。

伊勢神宮をスタートし、小さな峠を二つ越えて、滝原まで。この3日間で歩いた距離約57km96500歩という道中でした。

 

 

そんでもってその最中に、パソコンがとうとうダメになりそうな事態になり、清水の舞台からヒュンと飛び降り、新しいiMacちゃんを購入。

あっ、ヒュンじゃないね、、

トホホな感じ。

 

はい。

そんな言い訳でございます。

 

しかし自分に喝を入れて、Elbrus遠征は早々に書き上げます!

というか忘れちゃわないようにしないと〜〜

 



エルブルス遠征〜高度順応のためウルタウへ〜


モスクワ観光を終え、全員揃ったところで翌日の朝、国内線で南南東方面、ミネラルヌィ・ドボイ(ミンボディ)に飛びました。

 

迎えに来てくれたのは小さなワンボックスカーとドライバーさん。えっ?ここに荷物全部と私たち総勢7名が乗るの?

でしたが詰める詰める→のちにこの積み重ねが大変なことを招くのですが。

<ちなみに私のスキーが一番下>

 

しかし、ロシアの道路事情は恐るべし。

よく世界仰天ニュースってあるじゃないですか。海外で対向車が来て、「うわ〜ぶつかる!」という寸前でかわすやつ。

一言でいうと、その連続でした。

片側1車線通行プラス牛がたくさんいるところで、なぜか3台ですれ違うって感じ。何回目を閉じたことか…

 

英語が全く通じないドライバーさんに連れられて行ったのは、レストランらしき建物。看板も何もないので、普通の家に入ったのかと思いましたが。

 

どうやらここでランチしながら、今回の現地ガイドを待つらしいです。しかし待てど暮らせどやって来ず。4時間近く待ってようやくやってきたガイドは、めっちゃ明るいロシア人のIvan。何とカムチャッカにガイドで行っていて、飛行機が遅れたみたいです。しかしカムチャッカとは〜〜

 

その後、再び狭い車内を過ごし着いたところは断崖が迫る渓谷の突き当たりでした。

 

こんなリフトに車ごと乗ることもあるらしいけど、私たちは荷物と自分たちだけ乗って上へ。

そこで幌トラックに乗り換え、目指すはウルタウです。

 

ウルタウエリアはジョージア(昔のグルジア)と国境を接している地帯なので、ロシア軍の管轄エリア。そこに入るための許可証を日本で取るのに時間がかかり大変だったのです。

 

すぐにロシア軍の検問所があり、一人一人呼ばれてはチェックを受けました。ちなみに撮影はNGとのことなので写真はナシです。

 

無事に全員検問を終え、さあ目指すは渓谷の奥ですが、まあその悪路のすごいこと!2時間くらいドッタンバッタン揺られ、ほとほと疲れ果ててようやく山小屋に到着しました。

<荷物と一緒に全員荷台へ>

 

<到着したのは真夜中>

 

そのドッタンバッタンも積み重ねに加えられ、翌日の悲劇へと続くのでした。



calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM