乳がん定期検診につき帰京中


東京に帰ってきています。

 

今シーズン、12月にNEWアウトバックちゃんと共に海を渡り、北海道へ上陸したのはいいのですが、本州へ帰る事なんと4回目。

理由は月1回のピラティスレッスンと、本州でのキャンプ開催のためです。そして今回は乳がんの定期検診付き。いや、「付き」ではなく一番大切なこと。

 

2007年に発症して、今年で10年経ちましたが(気分的には、ヤッター!という感じ)、私には終わりはありません。

何故なら、遺伝子異常による「乳がん卵巣がん症候群」というお墨付きをもらっている訳ですから…

 

私の主治医は虎の門病院の川端先生ですが、昨年から川端先生の検診は年に一回になりました。しかし半年に一度だった検診が三ヶ月に一度になり、他の3回は「恵比寿門脇ブレストクリニック」に通っています。

 

理由はというと、

  • 乳がん卵巣がん症候群の人で、反対側にガンが見つかる人が増えていること。
  • 多くの患者(現在治療中)さんを抱える川端先生は、時間的に制約があるので、どうしても丁寧な経過観察ができない。

 

という理由でした。

 

そんなこんなで、元々、虎の門病院で川端先生と一緒に働いていた門脇先生が、自分でクリニックを開業したことをキッカケに、紹介されたのでした。

もちろん、虎の門病院とちゃんと連携しているので、電子カルテも共有されているから安心です。

 

患者にとっていいことは、なんてったって待ち時間が少ない!

そして説明も丁寧で解りやすいし、質問や相談にもきちんと答えてくれますしね〜。そうそう、先生美人なのー!

 

せっかく半年に一度になった検診が、三ヶ月に一度と言われたときは、若干ショックだったけど、裏を返せば短いスパンできちんと診てもらえている訳ですもんね。

 

あっ!

酒飲みの私にとって心配なのは、肝臓ちゃんですが、先日のエコーでは、綺麗でした〜

ふふっ調子にのって飲み過ぎないように、気をつけるべし(笑)。

 



そんなリハビリ


さてさて、その後どうしているのか?と言いますと。

もっちろーん、リハビリの日々でございますー!

なんたって術前もがんばっちゃってたくらいですからね。
恐らく「有明がん研」史上、初と思われることをしていました。
それは何か!?

じゃじゃーん。
中庭でジャンピングスクワッドをやっていたのです。

えっ!ピンとこないって?
じゃね、イメージしてくださいね。

まず、入院しているからパジャマを着ている訳です。
そして中庭は、病棟からしか入れないので一般の方は、まずいません。そこにいる方はというと、点滴つけてたり、車いすに乗っている方もいます。
そんな中、端っこでピョンピョン飛んでいる私がいる訳です←どう見てもフツーじゃないですよね。

もちろんベッドの上ではピラティスもやってました。
過去2回の大きな手術経験がある私としては、どうがんばっても身体が曲がることが推測できるのでね。
しっかり自分のセンターを意識することを重視するべしです。はい。

そんなこんなですが、術後はどうしたかと言うと、、、

痛いし、どよーんとするしでリハビリの気力もありません。
そんなときは焦らずに〜
ケセラセラでおりました(笑)。

でもですね、この先に大きな目標があるので、計画を立ててました。
まずはともあれ歩き出すこと、そして筋トレを開始すること。

退院後は50%位のスピードで歩くことから始めたけど、10分も歩くとお腹が痛くなるし疲れるので、とにかく休み休みです。
そしてスクワッドです。
その糧となったのがピラティスなんですが、センターをとって姿勢を整えた後だと余計な負担がかからないので
そのものに集中できるのです。

今更ながらにピラティスの奥深い力に感動しちゃいました。
「ジョセフ〜 ありがと〜」

そして本日は第一目標に置いていた「高尾山」へ登って来れました。
下腹に力があまり入らないので、降りが心配だったけど、トレッキングポールも活用しながら無事に下山です。
やったー!


実を言うと月曜日に少し体調を崩してしまいました。
前日、気合いいれて90分のウォーキングをやったのがオーバーワークだったのか?
お水を飲み過ぎたのがダメだったのか?
解らないけど、お腹が痛くなって、お小水地獄にはまり30分おきにトイレという始末。しかも夜中ずーっとです、、、とほほ。
辛かった〜

なので、どうなるか心配だったんですが、今のとこ無事です。

ピラティスの先生であり、スキーヤーである私。
リハビリは任せとけ!と思うでしょ、けど実際はこんなもんです。
右往左往しながら、自分を甘やかしつつやってます。
私は超人じゃないけどさー
がんばるー


rebirth


さて、重い腰をあげてようやくご報告です。

5月27日に「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」による「卵巣卵管摘出手術」を受けました。

いや〜
本当に悩み辛かった、、

遺伝子異常が発覚し約2年。
ブログには気持ちの移り変わりを書いてませんが、頭から離れることが片時もありませんでした。

受けるなら、いつ?
受けないとして、発症したときどう思う?
本当に取らなきゃだめなの?
etc.

病気が発覚した訳ではないから、治療を受けるのではありません。なので、最初の1歩から自分の選択しかないのです。自らの選択で自分の身体にメスをいれ、臓器をとるという選択を、、、

受けようと思ったキッカケは、乳がん主治医・川端先生のコトバでした。
「ホルモン療法のエビデンスが変わり、5年治療から10年での効果が認められてます。けど、宮野さんはタイミング的に5年で終わりとなりました。この先、対側の乳房も考えると、今回卵巣を摘出するというのは、ホルモン治療をしているより有効な訳だから勧めます。とくにおばあさんを卵巣ガンで亡くしている訳だし」。

そして悩みに悩んだこの冬。
3月に東京へ戻り、川端先生はじめ遺伝子診療の新井先生、婦人科の執刀医、主治医とたくさんの方に会い、手術の方法、予想される経過、復帰への道のりなどを相談しました。

それでも悶々とした時間が流れ、最終的に決断したのはリンパドレナージュの木部先生のコトバです。
「受けなさい、そしてやるなら早い方がいい。少しでも体力があるうちにやれば復帰は早いし、あなたなら深部筋がしっかりできているから大丈夫」。

そう、卵巣がんの発症は50代前後が一番多いと言われているのです。

こんな風に理路整然とブログを書いていると、「自分の気持ちを整理できてすごいわ〜」なんて思われがちなんですけどね。決めてからも揺れに揺れまくってたんです。
気持ちを奮い立たせるために、身近にいる方へ伝え、逃げ場ないようにしたり、、(苦笑)

GW始まる前に術前検査を受けたんですけど、その際に訳もなく、どどーんと落ち込んじゃって、、
そのときに最後の背中を押してくれたのが親友のコトバ。
「ゆっこがまたガンになって苦しむ姿を私は見たくない!いつまでも元気でいて、一緒に旅行しようよ!」。

一人じゃないって本当に素晴らしいことだと思いました。誰かに支えられ、そしてまた誰かを支え生きていくということ。
不完全な私は、その素晴らしさに気づかずにここまで生きてきちゃったのかな。
でも、今気づけてよかったね。

入院後は、できるだけ何も考えずにいました。
そして不思議なもんです。入院したら、どんどん自分を受け入れることができたんです。
すると前向きな気持ちが湧いてきて、手術後にいち早く元気になるために、これやっておこうなど忙しくなるんですよね。

手術も無事にすみ、今は自宅で療養かねながら再びリハビリ生活です。
まだ痛み止めが必要ですが、こうやってPCの前にも長く座れるようになったし、乳がんの手術のときに比べ格段に動けてます。

さあ、2014年私はまた生まれ変わりました!
この先、自分の人生を元気に生き抜いていくために、、、

これからもよろしくね♬


そんな中の乳がん検診


いやいやシーズン駆け抜け過ぎ!って位な勢いが続く日々でございます。

そんな中、体調崩すこと3度、、

実をいうと、ようやく書き上げた「インカトレックの旅」シリーズの追い込みは、家で幽閉生活を送っている最中なのでした(苦笑)。

昨年から続いていた咳が落ち着いてきていたと思いきや、お正月空けのキャンプで泊ったホテルの乾燥にやられ、喘息発作を起こし。吸引をしつつ向かった東京でインフルエンザにやられたらしく(多分)、ニセコに戻ってすぐに発症。
久しぶりの40度の高熱、頭痛、吐き気にうなされてからの幽閉生活6日間!

痛み続けすっかり弱くなった気管が、何かとすぐに騒ぎ出し。
先週再び悪化して鼻水もプラスされるという始末。

そんな中の「乳がん定期検診」が昨日だったので、かなり怖かったです…

5年が過ぎた私は、現在半年に1度の検査になっています。
先生の問診、触診、エコー、血液。
それにプラスすることマンモと肺のレントゲンが1年に1回。

昨日はフルコースでした。

とにかく1番のドキドキが「マンモ」と「肺」の画像を先生と一緒に見ているときです。

ゆのココロ「う〜、、何か言われるのかなあ。あの白いのは何じゃ?」

そんな揺れ動く気持ちの中の先生のコトバ「問題ありませんね」

どれだけこのコトバが私の中の影を払拭してくれるのか、、、
曇りガラスの向こうに見ていた景色が、キラキラと輝きだし、ガラスがどんどん綺麗になっていくような感覚なんです。

私の中に常につきまとう不安の影。
考えてしまうと居ても経ってもいられない時がある。

けどね、、

こんな景色に出会えたり、みんなの笑顔に囲まれたりすると、ココロのざわつきがスーッと治まるときがあります。


私って幸せもんだね。

ありがとう!


遺伝性乳がん(気持ち)


 ふうー

これでもかー
これでもかー
と襲いかかってくるガンの問題。
とうとうそれは先祖から受け継いだものとまで判明してしまいました。もちろん遺伝性だけが全てじゃありません。前にお伝えしましたが、環境要因や生活習慣も大きく関与しています。が、かけ算で考えると、大きくリスクが高くなります。

遺伝は本当に難しい問題です。親族まで影響を及ぼすし、結婚をどうする、子供をどうするという問題にまで発展しかねません。
果たして、そこまで解って本当に良いことなのでしょうか?

けど、医療はどんどん発展していきます。おそらく遺伝子レベルでの治療もそう遠くない未来で、身近になるはずでしょう。そうなると効果があるかどうか解りづらい抗がん剤も、変わるはずです。そう信じて「今」という時代を生きていきたいと強く思います。

そして大切なことは、遺伝性の問題がきちんとした形で伝わっていくということ。

実は2回ほど、この問題でテレビの取材を受けました。

アンジーの予防的切除が伝えられたとき、私はニセコにいました。ちょうど東京へ帰る準備をしていて、ワイドショーをつけていたんです。ショッキングなニュースに驚きましたが、愕然としたのは、そのニュースについて語ったコメンテーターの発言でした。

あまりの驚きにちゃんとした言葉は覚えてませんが、「日本でも予防的な切除と再建がブームになるのかも」といった内容だったのです。司会の方が慌てた様子でフォローしていましたが、とにかく怒りとともに悲しみでココロが一杯になりました。

当事者の私たちがどんな気持ちで遺伝を受け止め、どう乗り越えていくべきなのかを、どれだけの思いで日々もがいているのか、、、

テレビ局に抗議の電話をしようと思ってまでいました。そんな矢先に、がん研の遺伝カウンセラーの方から取材の連絡が入ったのです。先生と相談の上、きちんとしたことを伝えていこうということで取材を受けることを決めました。

それはTBSの「Nスタ」というニュース番組でした。取材してくれた女性プロデューサーの方は、とても良く私の話を聞いてくださいました。
ただ残念だったのは、ニュースという短い時間のためか、なんとなく中途半端だなーという感じだったのです。

そうこうしている内に、再び取材のお話がきました。今度も同じTBSですが、「報道特集」というトピックスを深く掘り下げる番組です。担当プロデューサーの方とお話をすると、この方もまたものすごく深く、そして真摯に向き合う気持ちを持った方でした。

「ひとりひとりに違った環境があるように、いろんな選択がある。その選択肢を広げるという意味で、遺伝子検査を受けるという選択も、またそこにある。もちろん逆に受けないという選択もある。
遺伝子検査で陽性になったからといって、必ずしもガンを発症する訳ではないし、ただ予防の意味で切除だけじゃなく、早くから検査を受けるなど対処することも選べる。」

言葉尻は違っていますが、その方が伝えたかったことを私は理解しました。

とってもニュートラルな意見だと思いました。
当事者になるとあたり前ですが、自分の選択が一番と思い込みます。というか、思い込まないとやっていけないし、そう強く思うこと=正しいと願うことなんです。

生と死が深く関わる問題に、「あのときこうしていれば」「こっちの選択だったら」などというタラレバは、必要ありません。自分が下した決断が、自分自身にとっては一番正しいんだと強く想うココロ、、、
本当に大切だと思います。

番組内に出ていた他の方も、みな一様に同じ感覚を持っていると感じました。

それを「ニュートラルな見方」で取材し、しっかりと伝えてくださった「報道特集」に感謝の気持ちで一杯です。

昨年の診断から始まり、揺れ動くココロ、その最中に発覚したアンジーの選択。そして、走り出してしまう興味本位な見方と、怒りと悲しみ。

今回の一連の取材を通じて、なんとなく気持ちが落ち着いた気がします。
もちろん今の私を待ち受けているものはたくさんあります。けれど、なんでも消せる消しゴムなんて持ってないし、その都度、自分が下した決断を信じ、毎日を大切に過ごしていきたいと、また強く思います。


幸か不幸か、私は祖母や母を恨むということは一切ありませんし、この世に送り出してくれたことを本当にココロから感謝しています。

そして今日はご先祖さまを迎える日。

久しぶりにゆっくり会話してみようかなー
実は、恨みつらみを言っちゃったりして(笑)。


遺伝性乳がん(今後)


 遺伝性が解る前の私の状況はというと(2012年の夏現在)

1, 注射と経口薬によるホルモン療法
2, 3ヶ月に1度のエコー検診
3, 半年に1度のマンモ、肺の検診
4, 1年に1度の婦人科検診(子宮たい癌を含む)
5, 一般に行なう健康診断

でした。

そして今後の対策としては、3つが上げられました。

1, 計画的なガン検診
2, 予防的な切除
3, 薬による科学的な予防

さて、どういうことかというと、とても複雑な組み合わせが出現してきます。

例えば、3の薬のよる科学的な予防を考えると、乳がんにおいてはすでに薬はやっているので、これに卵巣がんの予防として有効と言われる、経口避妊薬をプラスすることになると思います。
が、2012年12月で乳がんのホルモン療法が終わる予定なので、その後をどうするかも問題になってきます。
またホルモン療法の副作用としては、子宮たい癌の発症リスクが上がるので、その兼ね合いもでてきます。

計画的なガン検診は、乳がんに関しては行なっているのでヨシとなりますが、婦人科検診は1年に1度では少なくて3ヶ月に1度となります。

そんなこんなで、あっちをプラスするとこんな問題がおこるだろうとか、こっちにするとこれが面倒だとか、色々複雑になってきてしまいました。また病院が増えてしまったということもそれに拍車をかけます。
そこで浮上してくるのが、予防的な切除という訳で、予防ということに関しては一番効果があるし、尚かつ色々やらなくてはならない薬やら検診やらの負担が少なくなります。

とくに卵巣に関しては身体の奥に位置し、また浮遊しているそうで、ガンなどの発見が遅くなるリスクがあるそうです。自覚症状も少ないので見つかったときには、進行していることが多いそうです。
乳房に関しては確かにリスクは高いけど、検査技術の発展で早期発見が可能になっているので、発症リスクと必ずしもイコールではないとのことでした。

本当に悩みました。
あたり前ですが、その時点で答えを出すことなんかできません。
今回の結果を持って、再び、乳がんの主治医・川端先生に相談へ行きました。
また、婦人科の先生とも相談しました。

結果として遺伝子診療、乳腺外科、婦人科という3人の先生と相談を繰り返し、私が出した答えはというと。

今の時点では予防的に乳房、卵巣、子宮摘出手術は受けない。ただし将来的に婦人科に関しては、内視鏡での手術が落ち着いてきたら、考える。
乳がんのホルモン治療は、そもそもの予定通り5年間行ない、その後も定期的な検診を続ける。婦人科検診は3ヶ月に1度行なう。

です。

身体にメスを入れるということが、アスリートである私にとってとても大きな課題です。実は、まだ遺伝性が解る前の2011年秋から2012年の初春にかけて、散々悩んだあげく再建手術を取りやめるということをしているのです。

しかし、今度は命の問題に直結してくるので、そうも言っていられません。
そんな矢先に出現したのがアンジェリーナさんの摘出手術という訳なのでした。







遺伝性乳がん(抱えるリスク)


 初めて訪れる病院というのは、私は結構ドキドキします。
ここにどれくらいお世話になるんだろか?とか。
ショックなこと起ったらやだなーとか。

そんな胸中でしたが、実はふたつほどラッキーになるアイテムもあったんです。

ひとつは、知り合いが働いているということ。スキーやピラティスに参加してくれつつ、古くから私を支えてくれている女性がいて、病院でその顔を見たときは、本当に心が落ち着きました。

ふたつめは、当時はまって見ていたドラマ「サマーレスキュー」の病院でのシーンは、がん研だったのです。なので、向井くんや時任さんが話ながら乗っていたエスカレーターに何度も乗っちゃいました。

前置き長くてすみません(笑)。

順番が呼ばれ、まずはビックリ!
だって、普通だと、呼ばれる→立ってドアをノックして入る→先生が座っているの図式。
が、呼ばれる→先生達がドアを開けて迎えてくれる→先に席に座らせてもらうの流れだったんです。

新井先生は優しそうな雰囲気の学者っぽいイメージ。女性の助手先生もいて、その方もとっても感じがよくフーッと気が緩みました。
が、カウンセリングを受けにきた経緯を説明していくと。
捲し立てられるように、お話が始まったんです。これは別に怒っているというのではなく、ようは私が安易に検査を受けたということが、いろんな影響を及ぼしているんだということを言いたかったから。

確かにそうなんです。まず相談に行って、いろんな事実が解ってからじゃあ検査受けましょというのが普通の流れですもんね。
私は、どーんと飛び越えてしかも海外で受けてものを持ち込んだ訳ですから。

カウンセリングは1時間位だったかな。自分の家系図から始まって、どういう状況になっているかの説明。そして遺伝性が陽性になったということは、どういう現状が待ち受けているのかというと。これからの対策について。

では、整理してお伝えしますね。

変異がない人と、どちらかに変異がある女性の傾向として海外で報告されているもの

1、乳がんや卵巣がんを若くして発症するリスクが高い
2、70歳までに乳がんを発症する割合は36-85%
3、70歳までに卵巣がんを発症する割合は16-60%
4、最初の乳がんを診断されてから10年以内に、もう片方の乳房にがんを発症する割合は、予防的な対応を行なわなかった場合、BRCA1の変異で43.4%、BRCA2の変異で34,6%
5、最初の乳がんを診断されてから10年以内に卵巣がんを発症する割合は、BRCA1の変異で12,7%、BRCA2の変異で6,8%

ものの見事に私はその確立の中に入っていたのです。というか、発症の%の大きさに驚いたし、発症してある意味当然の結果とも言えたのだと。
そして、ココロが張り裂けそうなくらい心配なのは、もう片方の乳房と卵巣。大げさじゃなく、スウェーデンでは予防の意味で、摘出をすすめる場合もあるそうです。

前回のブログでお伝えしたように、私はBRCA2の変異なので、1より%は高くありません。
けど、異常が見つかって尚かつすでに発症しているということは、遺伝の効力を発揮してしまっているという悲しい結果があるということです。

そして待ち受けていたのが、今後どうするのか?ということ。

小出しですみませんが、次回へ続きます。


遺伝性乳がん(診断)


 さて、重い腰をあげてようやく書こうと決意した「遺伝性乳がん卵巣がん症候群」について。

以前、ちらっと書いたんですが色々とあって記事を削除。
記憶に新しいアンジェリーナ・ジョリーさんの告白から、再び深く考えることになり書く事を決意しました。

まずはこの「遺伝性」ということについて、私の認識している範囲でお話します。

現在、乳がんにかかる人のうち7-10%は遺伝の影響を強く受けて発症したのでは?と考えられています。欧米諸国では、その検査を受けるのは珍しいことではないのですが、日本では保険適用の壁や予防的な治療への認識の相違もあり、ほとんど行なわれていません。

そんな中、私は兼ねてから自分がガンになった理由を考えていました。なぜなら、母親を乳がんで無くし、その祖母は卵巣がんで亡くなっていたのです。

しかし日本では先にお話したように保険の壁が高く、またすでに乳がんを発症していたので、今更…という気持ちが心をしめていて、日常生活が日々過ぎていっていました。

1年半前、ちょっとしたキッカケがあって、スウェーデンに住む姉と一緒に検査を受けることになりました。私だけではもちろん無理でしたが、向こうに住んでいる姉は保険が適用されます。しかも無料。
ちなみに日本では20万円くらいかかります。

ちょうど1年前、その結果がでて。

私の「BRCA2遺伝子」に変異が認められました。

ちなみにこの遺伝子には「BRCA1」と「BRCA2」という2つの遺伝子があります。1は強陽性になるので、2より色んなリスクが高くなります。

驚きとともにやっぱり、という感情。

もちろん遺伝性だけではなく環境因子も大きな要因のひとつです。例えば、食生活、飲酒、喫煙、妊娠、出産などなど。
ようは「遺伝要因」と「環境要因」のかけ算だそうです。

けど、「環境」はがんばれば変えれるけど、悲しいかな「遺伝」は変えられません。だからといって、解ってしまったからには対策を練らなければなりませんもんね。

「乳がんって本当に終わらないんだ」という、どこまでも落ちていってしまうココロを奮い立たせる日々がまた始まりました。


まずは乳がんの主治医・川端先生を受診。
日本じゃなくスウェーデンで受けたということへの驚きもあったと思いますが、ともあれ、現在日本において遺伝子診療の第一人者である「がん研有明病院」の新井先生を紹介してもらいました。

遺伝の診療は、ちょっと複雑です。なぜなら、私だけの問題ではなく家族や親戚一同が、どんな病気にかかり、生きているのか、それとも他界しているのか、など詳しく知ることが大切なのです。
両親どちらかが生きていれば、まだ解るものが、二人ともいないので親戚に電話をして、色々調べるのがとても大変でした。

そこで感じたことは、今でこそ「がん」というのを口に出すし、本人にも告知するのがあたり前になりましたが、数十年前は不治の病である「がん」は、ひた隠しに隠すという日本の文化があったということです。
近い親戚でも解らないことがたくさんあったのです。

もちろん私は、陽性が解った後なので、家族や親戚の病歴が絶対必要という訳ではありません。遺伝性が疑われ、検査を受けるべきかやめておくべきかを相談するにあたっては、必ず必要だということです。

8月の暑い日、新井先生の診療を受けるべく書類を抱え、有明へと向かいました。

長くなるので、続きはまた書きますね。



私は負けないっ!


 本当は「東北巡業」の続きを書くつもりだったんですが、そういえば最近、とんと体調のことを書いてなかったなーと思いつつ…

12月で5年間のホルモン療法が無事に終了して、半年に1度の検査となった私なんですが。
ふと、半年後となるとタイミング的にマンモグラフィー検査があいてしまうなーと気づき、2月に急遽検査に行ってきました。

マンモ検査から、あれよあれよという間に乳がんが発見された経緯もあり、毎回すっごく怖いんです。痛みとかそういうのじゃなくて、トラウマというのでしょうか。

撮り直し…
なんて言われた日には、心臓が止まりそうなほどドキドキしたりして。

けど、おかげさまで今回も問題なく終わり、先生からのお告げを聞いてホッと胸を撫で下ろしていたら…

先生「そうそう、みやのさんに言わなくてはならないことがあるんですよ」

ゆ「えっ!?なんでしょか…」

先生「実は12月にあったサンアントニオ乳がん学会で、タモキシフェン(薬です)による10年間の続投が10年後の予後への効果が認められたんです。みやのさんは12月に5年間の投与を終えたばかりだけど、今後どうするのかが課題になってきて」

ゆ「・・・」

簡単に言うと、12月で終えたホルモン療法を、復活させてもう5年間治療しましょうかどうかってこと。続けた方が術後10年経過したあとの再発・転移率が低くなり予後が良くなるというデータが発表されたということ。

詳しくはこちらに載っているので、ご興味あるかたはどうぞ


とにかく一旦診察室から出て、ひと呼吸おくことにしました。

私の場合は遺伝性の問題があります。実は私の場合は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群ってやつだと解ったんです。昨年の夏から秋にかけては、この問題でテンヤワンヤがあり、今も3ヶ月に一度の婦人科検診に行っています。
ただでさえ再発・転移・反対側の発症が高いのに、、

もうどうしたら良いのか、頭がぐちゃぐちゃになっちゃいました(涙)。

ホルモン療法中も、大きな副作用ではないかも知れないけど、たくさんの悩みがありました。ようやく終わったと思っていたのに、また5年って本当に長いと感じます。

結果として、先生が遺伝性との問題と併せてもう一度調べてくれることになり、1ヶ月後にもう一度相談することになりました。

この1ヶ月は気持ちのアップダウンが激しかったのですが、キャンプや東北巡業を予定通りにこなすことにしました。なぜなら、雪の中にいて滑っているといろんなことから解放されて、今在る自分自身にだけ集中できるからなのです。

資料を何度も読み直し、身体の状態を感じ、気持ちに問いかけました。
そして先生と出した答えは…

「治療を再開しない」

これで再発とかの確率が高くなり、最悪の場合も考えられます。でも、治療しなかったことが原因だったのかどうかは解りません。
5年経った時に、10年のホルモン療法治療がスタンダードになっているのかも知れません。けど、今はスタンダードではありません。

結局、「今を生きる」ことなんだと強く感じます。


過去を振り返ると自分が決めて進んできた道がそこにしっかりある。
今を大切に、自分を信じ強く生きてゆけば、その先の未来は必ず開けてくる。
開けた未来をどう行きてゆくのかは、全て自分自身が決めることなのだ。




私は負けないっ




最後の二粒


 それにしても「ううっ寒っ!」という日々ですが、みなさまは風邪など引かずにお元気ですか?

私も元気にあちこち動き回っている師走でございます。

今シーズンは、ニセコ暮らしがメインになるため日夜準備に明け暮れつつ、東京不在が多くなるため、ピラティスセッションをこなしつつ…

そんなこんなですが、先日お伝えした”ホルモン療法”が、とうとう終わりを告げました。
これが最後の二粒。

結構、感慨深くてですねー

なんだかんだと5年間、毎日二粒を飲み続けた訳ですし。
こう見えても、実は几帳面な一面もありまして(笑)、ほぼパーフェクトと言っても過言じゃないほど完璧に飲み続けたと思います。

というか、生き死にがかかっている訳だから必死と言えば必死なんだけど。

私は、強い反応ではないけどホルモン感受性があります。イコール、身体の中で作られた女性ホルモンであるエストロゲンが原因で、がんが増殖するタイプってやつです。
ということでホルモン療法は、エストロゲンの働きをブロックして、乳がん細胞の増殖を抑える全身治療なのです。

ブロックする方法はいくつかあるそうですが、私は2種類の治療を続けてきました。

ひとつはこの薬で、がん細胞のエストロゲン受容体に結合してエストロゲンを取り込めなくするもの。

もうひとつは、脳(下垂体)に働きかけて、卵巣でエストロゲンが作られるのを抑える方法で、これは3ヶ月に1度の注射でした。

最初の3年くらいは副作用が辛かったなー
生理を止める訳だから、ものすごい勢いのホットフラッシュと動悸に悩まされました。夜中に寝ている時、動悸がすごくて目が覚めてしまうくらい。
あとは関節や筋肉への影響もあるらしく、関節痛で苦しむ人も多いとか。朝起きたときに、歩きだすまでが結構辛くなってきたのは、この影響があるのかもしれないですね。
それと気持ちのアップダウンが激しくなったんですよね。よく鬱状態になってしまう方もいるらしいです。

まあ幸か不幸か、私の性格的に、「仕方ないなー、なるようになるさー」というタイプなもんで、うまく付き合いながら過ごせた訳ですが…

と、いうような5年間の治療が終わり、このあとは大丈夫なんじゃろか?という一抹の不安もありますが、前向きに過ごしていきたいと思っています。

で、昨日見た夢では、なんと生理が復活した!しかも微量(笑)というものでしたと。



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