ひらりと風に流されて


携帯のアラームが鳴り、「朝だー」と思いつつ目を閉じたままウツラウツラしていた時、ふと「あれ?今どこ?今日は何をやるんだっけ?」と全く訳がわからなくなり、不安が押し寄せてきました。
 
しばらく考えていると、だんだん頭がスッキリしてきて「そうだ!今は東京で今日はピラティスのレッスンがあるんだった」と思い出すという展開。
 
最近、とにかくやることが多過ぎて、自分が一体何者なのかが解らなくなります。考えてみれば以前作った名刺も今では活用できません。なぜなら沢山連ねている肩書きがストンと落ちないんですよね。
 
私は6月1日生まれの双子座。かの有名なマリリン・モンローと同じ誕生日です!って別に関係ないか(笑)。
双子座は二面性を持つと良く言われ、確かにその通りと合点がいく場面を多々感じます。
 
というより、その二面性の中に沢山の顔を持ってしまう私がいる気がしてなりません。一面性の中に3つだとすると、倍の計算で6つの顔。
そこまでいかなくても、訳わからなくなる事も納得する今日この頃です。
 
その瞬間、とにかく焦りました。だって、自分が何だか解らなくなったのです。
どこの誰べえさんかは解ったとしても、どこにいて、何をしているのかが解らなくなったのですから。
 
もしや、この世を全うしてあちらの世界へ行ったとき、そんな気持ちになるのかなあ…なーんて思ったり。
まあ、あちらの世界で気づいた時には、焦りたくないですけど(苦笑)。
 
そんな私ですが、何かを変えるタイミングになっているんですね。このようにココロもそうだけど、身体の変化にも気づいています。
考えてみれば、乳がんを発症したのが42歳になるとき。女性は7の倍数で身体が変わるっていうけれど、ちょうど今が49歳で同じ7の倍数。このまま無理をすると、また何か起るよーって神さまが言ってくれていると感じています。
 
日頃身体を動かすことをしていると、どうしても変化を感じたくないと願う自分がいますが、ココロまで気づいているとなったら、逃げられません。

今年のお正月に「地に足をつけた生活」宣言もしたし、やり遂げない中途半端な自分を戒める宣言もしたけど、大分結論が見えてきた気がしています。

 
さて、ひらりひらりと風に流されてみますか。
それが一番私らしいんですよね。


千年の木の下で


 なんだかんだと年の瀬は忙しいものですねー
というか、スキーヤーである以上、冬から春の約半年は怒濤のごとく通りすぎていく訳ですけど。

大掃除は終わりましたか?

私の大掃除は、シーズン終わって梅雨入り前の気持ちよい季節にやることと決めて、年末は一切いたしません(笑)。

そんな暮れも押し迫った時に、念願のニセコLIFEがスタートしました!

どんぶらこー どんぶらこー 
と太平洋の波に揺られて19時間。

荷物満載のレガシーちゃんが、初の北海道上陸を果たし、袖ヶ浦ナンバーのまま、雪国生活をスタートさせました(笑)。

「5年の節目」

やっぱり私にとっては大きな転換期みたいです。治療中は、どうしてもココロの中に「待った!」がかかっていました。治療は終わっても、もちろん食生活の安定やココロの安定は大切なので、これにて全て終了という訳ではありません。

でも、5年という月日を過ごしてこれたんだという自信が湧いてきたんです。

食生活も少しずつ変わってきました。添加物やお肉を神経すりへるほど、摂らないように気をつけていたけど、最近ではコンビニ食もよく食べるし、お肉も牛肉以外は食べてます。

というか、身体を動かすようになったら、身体がお肉を求め始めたんですよねー

そんな私ですが、まさかまさかニセコでの生活が始まるとは夢にも思いませんでした。でも、5年という文字が見え始めたときに、この先を見据え、もう一度、雪や山や森という自然としっかり向き合いたいと感じたんです。

ここまでくるにあたり、本当にいろんな方々にお世話になりました。
いや、かなり現在進行形でお世話になっています。相変わらずのおっちょこちょいなので(苦笑)。

昨日の快晴パウラーランとはうってかわり、今日は冷たい雨。
刻々と変わる大自然の中で、私がずーっと課題として抱えているものを、感じていきたいと思います。


『人との繋がりのなかで、相手を…そして自分を信じ、愛すること。』

洋一さんが連れていってくれた「千年の木」の下で誓いました。

2012年も大変お世話になりました。
もうすぐ始まる2013年が光輝く日々になりますように♬


5年越しの想い…屋久島へ


 先週、台風22号プラビルーンが、迷走している中、屋久島へ向かう日が近づいてきました。
前日から携帯に届き始めた飛行機の搭乗予定が、ことごとく「天候調査」とか「条件付き飛行」とか…

なんでなんで、待ちに待った屋久島なのにぃ(涙)

「とりあえず向かいましょう」ということだったので、予定通りに行動を開始しました。鹿児島まではフツーに飛べたんですけど、問題はそこから屋久島まで。なんてったって、39人乗りのプロペラ機だから、ちょっとした風も危ないですもんね。
午前中の便は全て欠航。そして海のルートも全て欠航という状況の中、私の1つ前の便から「条件付き飛行」ってやつで運行することになったのです。


はっきり言って揺れました。
以前NZへ行った時に、悪天候でクィーンズタウンに着陸できなくて、最南端のインバカーギルってとこまで飛ばされていったときに体験した時よりは良かったけど(笑)。

しかし困難を乗り越えて到着すると、待ってるのはパラダイスなんですよねー♬

なんてったって、台風一過!そして島へ入ってこれた人数が少ない訳だから、ガラガラ。
近年、屋久島は本当に混んでいると聞いていたので。


か・ん・ぺ・き!

な、はずなんですけど、実はそうでもなかった…
これを説明すると長くなるので、またいつか(笑)

そんなこんなの屋久島上陸になったんですが、実は屋久島には並々ならぬ想いがあってですね。

ちょうど5年前の今頃、私は抗がん剤治療の真っ最中でした。
1回4時間もの点滴を行ないます。最初は、副作用のための点滴、続いて各種抗がん剤、最後は抗がん剤を流していくものでした。副作用と死への恐怖で先が見えない中、乗り切るためにipodでずーっと聴いていたのが「屋久島」というCDだったんです。

鳥のさえずり、川のせせらぎ、降り注ぐ雨音…

それだけだったんですが、どこまでも澄み渡った屋久島のサウンドを聴いているだけで、私の中にあるガンやそれを殺す辛い薬も全て流れていってくれる気持ちになりました。

いつかいつか、本物の屋久島の音を聴きにいきたい。
弱った身体とココロで強く願ったときの自分が、フラッシュバックしてくる中での上陸が本当に嬉しかったです。


今回は縦走に連れていってもらいました。
宮之浦岳に登り、途中の無人小屋に1泊して縄文杉やウィルソン株などを見て、もののけの森で有名な白谷雲水峡へ抜けて行くルートです。

豊富な植生を持つ山々の様相や、登った先に待っている景色。みんなで担ぎ上げて飲んだお酒や、そこに広がる満天の星空。

今、元気で過ごせることへの感謝とともに、ますます精一杯生き抜いていこう!と改めて強く思いました。

縦走の様子はto be continued♬




私が歩く理由


 まだまだ夏の雲がモクモクと元気よい毎日が続いてますね。

そんな東京でもお山はもう冬支度の始まり。
先日行ってきた大雪山系では、アラレにも遭遇!待ちに待った雪ももうすぐなんだろなー

『私が歩く理由』

なんとなくこんな言葉が頭に降りてきました。

重い荷物を担いで、不安定な足場を1歩1歩登っていくとき、足は上がらなくなるし、逆に息は上がってきます。


風雨にさらされ、びっちょびちょになると益々身体が重くなり、自然との闘いになります。


お山は別に好きでもない人から、「なんでそんなに辛いことするの?」と良く聞かれます。

私の答えは…

”ただ歩けるのが嬉しいから”

山も森も動物も自然も大好き!前回のブログでは、森の大切さを書かせてもらいました。
けど根底にあるのは、

歩くこと=元気になること

だと痛いほど感じているからなんだと。

ちょうど5年前の今頃は、抗がん剤治療のまっただ中でした。
ほんとうに辛かった。先の見えない不安な状況の中、身体の調子がどんどん悪くなり、一体私はどうなってしまうのだろう?という希望が持てない日々でした。

そんな時に書いていたブログがこちら

「そして同じく回を重ねるごとに、身体の痺れや関節の痛み、そして漬物石が頭の上に乗っかったような身体の重だるさが増してきました。とにかく歩くのが遅くなり、坂道などでは”なんでぇ〜”という位、人々に抜かされてしまうんです。歩幅も小さくなるし、足の運びも良くないしって感じです。どんどん抜かされていくと”ちくしょー”とも思うのですが、心に相反して身体は言うこと聞かずに歩いていた記憶があります。」

今回、黒岳を目指して登り始めました。標高差400mくらいを一気に登って行くので、結構キツい登りです。次の日は、途中から天気が悪くなり雨風強い時間は、自然と自分との闘いにもなりました。

でもですね、私は全くツライとか苦しいという気持ちにならないんです。

4−5歩進んだだけで、息があがり苦しくて立ち止まってしまっていた自分。小さい子供やお年寄りに次々に抜かされていく…

あのときの想いが蘇ると、どんなにツライ状況でもココロから楽しいんです。

だって、そんなところに歩いて行けるということって、その瞬間しか無いのだから!

まだまだ歩ける!まだまだ進める!
GO TO NEXT STAGE!!





みんなみんな、ありがとね。


 東京都スキー連盟の担当行事が先週末無事に終了しました。

私の中では、これでハイシーズンが一段落。
それにしても駆け抜けているシーズンでしたねー

旭岳が終了したあと、ちょこっとココロが病んでしまい(苦笑)、ココロの内を明かしているこのブログを中々書けずにいましたが、、、

こんな行動をしちょりました←カーネーションの岸和田弁??(笑)

旭岳から東京へ→
ピラティスレッスンをこなし、再びニセコ入りして9日間ステイ→
荷物を抱えて東京へ帰り、その夜中に荷物をまとめて翌日のために車で運び→
朝一番で病院で検査して、終了後ピックアップしてもらって戸隠へ→
黒姫駅でドロップしてもらい電車&バスを乗り継いで、湯ノ丸へ→
ピラティスレッスンをこなし再びニセコ入り→
東京へ戻ってピラティスレッスンして、菅平へ

んな感じ。

そりゃあココロにも余裕がなくなる訳ですよねーって言い訳(苦笑)

もう大丈夫。

あのあと羊蹄山へ登り、手つかずの大自然に悪戦苦闘したり、考えられないほどの静けさの中に身を置くことをしたり。そんな時間が固まっていた私のココロを少しずつ溶かしてくれました。

このお話は次回に、、、

日本中を悲しみのどん底に突き落とした”東日本大震災”から、先週末で1年を迎えましたね。
あの日は金曜日、同じ行事の準指導員検定のために菅平入りしていました。
紆余曲折しながら、順延→延期となり、今シーズンは2回の検定を行なうという異例な事態。

迎えた開会式で検定委員長が述べたコトバ、、、

「今ここでスキーができるという幸せを噛み締めて」

病気になり死と向き合う人生になったときに、ココロの奥底から感じているはずのこと。
ありがたいことに忙しくなり、欲が生まれ、薄れていってしまっていたあたり前のこと。

襟を正しました。

今ここに生きているという奇跡
大好きな雪たちの中に身を置き、五感を研ぎすませる本能
大宇宙の中の地球に存在しているからこそ感じる、重力の中のスキー
photo Yoichi Watanabe

私は幸せもんです。

みんなみんな、ありがとね。
そこにいてくれるから、気づけることがたくさんある。

おうちのベランダには、寒い冬の中咲き乱れる白い花々が、今日も元気に風に揺れていました。

未曾有の災害で亡くなられた方々に、改めてお悔やみを申し上げるとともに、被災され未だに先が見えない生活を余儀なくされている方々に、今ある自分を感謝しながら寄り添っていきたいと思います。




伝えるということ


 雪降りな1日になりましたね。
私は東京の雪も好きです。なぜなら見たくないものも隠してくれるから…

『汚れない白い雪も時間の流れとともに

いろんなゴミや埃と混じって黒く汚く変わってゆく
やがて溶け始め姿を消してゆく』

伝えるために生きている!というブログを書き始めて、4年半という月日が経ちました。そもそものキッカケは、トレーナー仲間で大親友でもあるゆきぷうが、闘病生活で凹んでいた私をみるにみかねて「ゆきこさん、書いてみなよ。何かが始まるかも」と言ってくれて、全てお膳立てをしてくれたから。

私はいろんなものに興味を持つ性格で、これ!と信じたらとことん追求。そして、それを人々に伝えたい!と強く想うようです。

ピラティスしかり
雪遊びしかり
音楽しかり

なんでしょね、ここ数ヶ月”伝える”ということについて色々と考えるようになってしまいました。
私自身大好きで楽しくてしかたのないことを伝えると、それが人々の気持ちや手によって、いろいろなものを産み出してしまう。

もちろんそれが悪いということではありません。
それは当たり前のことだし、むしろそうあるべきなんだと思うこともあります。

でもですね、辛いんです。とっても…

多分、私はココロがちっこいんです。変わってゆくものを受け入れられない。
人と強く向き合いすぎるんですね、、、多分。

『姿を消した雪たちは、大地に飲み込まれ、大海原で浄化され天空に昇る
また再び地上に舞い降りることを願って』

いつの日か、受け入れられるようになりますようにと願いつつ、
またココロを整理してブログを書きます。



キラキラ輝きますように


 2012年辰年が始まって早3日たちますが、どんなお正月をお過ごしですか?


私ゆっちんはというと…
お伝えしたように姉たちと東京で食っちゃ寝ー生活(笑)の予定が、姪っ子のショッピングに散々つき合わされている日々でございます(苦笑)。

それでも新年早々考えること、想うことがたくさんあって。

まずは、箱根駅伝で悲願の優勝を果たした柏原くんのコトバ。
「僕の走る1時間ちょっとの距離の苦しさなんて、震災で苦しんでいる人に比べればたいしたことない」と…

感動しました。

1年生のときからの大活躍で、ちやほやされ、訪れたスランプ。苦しんで苦しんで乗り越えたからこそ、自然に出てきたコトバなんだろうなーと。

そして生まれ故郷・福島県を想う強い気持ちなんだろうなーと。

そんな最中に、姪っ子にせがまれて出かけたイチマルキュウ。
2日の初売りだったんですが、ビルの地下に並んで入る規制!8階までのフロアは若者でごった返して、音はがんがん、売り子の叫び声はわんわん。

眼はチカチカするし、耳鳴りはするし、まったくどうしようかと思った3時間。

柏原くんは大学4年生、イチマルキュウな年頃は卒業しているけれど、そんなに違わない年齢。全く正反対のところに位置しているなーと。

世の中、柏原くんのような人はごくごく少数で、イチマルキュウ的(若者だけじゃなくね)な人が大多数。
でも両方が共存しているからこそ世の中なんでしょうね。

さて私はどっちだろう?

若い時にはイチマルキュウにやっぱり通っていたし、だからこそ今があるのだし。そう考えるといろんなことを経験して、少しずつ色が塗り重なって”自分”というものが出来上がってくるんだろうなー。

そのさまざまな色を地道に塗り重ねるということを止めずに、少しずつキラキラ輝いて過ごしていきたいなーと想った2012年の始まりでした。

みなさまの2012年もキラキラ輝きますように♬
今年もどうぞよろしくお願いいたします。


強く信じるココロ


 暖かい11月ですが、ようやく雪マークがつくようになりましたねー
なんだかずーっとブログを更新できない私でありましたが…

実はあれよあれよという間に風邪を引いておりまして。

思えば忙しい過ぎた秋でした。
東京都スキー連盟のセミナー、ICI石井スポーツのセミナー、進行中のスキーヤーズトレーニングや狭山でのレッスンというスキーヤーとしての仕事。
ピラティスIRとしての日々のセッションやイベント。
BODY BASEやKIRARAを伝えていくための数々のセミナー。

てんこ盛り→過ぎ(苦笑)
反省しつつ養生ちゅーです。

そんな中ずーっと抱えてきていた”雪山への想い”をさきほど大勢の方々へぶつけました。

私より人生の大先輩が多い中での発言、、何回も何回も書き直して、読み返してメールをしました。どれだけ伝わってくれるのかは解りません。
でも、ニセコでキャンプをやるようになってずーっと抱えてきたものを解放したので、ココロがとても楽になりました。

人に流されて何にでも良い顔をしてしまうこと。

私の一番弱く嫌な部分。

そこから抜け出して行くためにもこの決断が必要だったのだと思います。

この冬、スキーヤーとして大きく変わる何かがあるかも知れません。
それでも、私自身の芯を見失わずにそして強く信じていくことが、私にとってとても必要で重要なことなんだと感じています。

一度全てを失っているから、何がおこっても大丈夫。
私は私であるだけ…
今在ることに感謝して、大切に過ごしていきましょう。

さあ、これから志賀高原でBCツアーをやっている方にお会いします。そして、夜はICIセミナーの最終回!

病気で学んだこと。

薄皮を一枚一枚剥ぐように人は変わってゆくのだということ。自分を信じ、一枚一枚薄皮を剥いでいきます!

マンションのエレベーターで出会った、超ちっこいヤモリ。めっちゃ可愛かったよう。
この後お外へお連れしました(笑)







興味を持とうよ!


 秋晴れが続きますねー
それにしてもあったかすぎ!あーん…雪はどうなんじゃろー

今朝のお散歩で、たわわなミカンを発見。

ちょこっと手を伸ばせば採れるんだけど(笑)でも、手を伸ばしちゃうと採る→盗るになっちゃいますもんねえ(苦笑)

そういえば私の所属する自転車チーム”柿どろぼー”の名前の由来。
お察しの通り約1名が走行中に、あまりに見事な柿に手を伸ばしたところ、「こらー!」とおじいさんに追いかけられ…から始まりましたとさ。これホント。

昨日はご縁があって78歳のおばあさまがピラティスを受けに来られました。

60歳を過ぎてスキーを始められたそうです。それまでは、諸事情でとにかく生きてゆくのが精一杯で、やっと余裕ができたときに始めたスキーが楽しくて楽しくて仕方ないそうなんです。

その大好きなスキーを少しでも長く続けるために、健康で長生きしたい!と目をランランと輝かせていました。

思わず長生きの秘訣って何ですか?と聞いてみると、

「何にでも興味を持って楽しむこと」

とハッキリ言いきってらっしゃったんです。

ドキっとしました。
ついつい、まいっかーと思ったり諦めちゃったりする日常。

そんなことを昨日はツイッターで呟いたんですよね。そしたらレスがあってその一言にもドキっ

「私の母を見ていると楽しいことのハードルが低いみたい」と。

うーん、、そうなんですよね。
特別なことを楽しむんじゃなくて、些細なことでもいいから自分が面白いなーとか何だろーとか感じたことに興味をもって楽しめばいいんだなと。

私の亡くなった母は長い闘病生活を送っていました。そうですね、、亡くなる前の2年間くらいは、もう生きていくのが嫌になったとか生きていても何も楽しくないって言ってたんです。

生きていくということへの意欲が無ってきて、自ら”死”へ向かっていっていたのかなと、当時痛いほど感じていて、側にいてとても辛かったことを思い出しました。

そんな母の死からもうすぐ8年。
今年はどんなお花を飾ろうかな。



富良野自然塾にて思う


 ほーんと涼しくなりましたねー
ほっと一息ついちゃったら、一気に夏の疲れがでてしまったゆっちんですが…

夏休みの北海道旅行のことで、一番伝えておきたいことをブログに書こうと思いパソコンに向かっているのでございます。

その旅行には、もうひとつ目的があってですね。
それは、富良野の”自然塾”へ行ってみること。そう、作家・倉本聰さんが始めている環境プログラムです。

平成17年に富良野プリンスホテルゴルフコースが閉鎖されるとき、倉本さんが昔の森に還そうと提案し、進んでいるプログラム。それは単に植樹することではなく、種から苗を作り移植可能な時期まで育ててから植え付けるという果てしなく長い歳月を必要とする作業です。

もちろんそのコースが森に還るのは何年も先のこと。だからこそ、未来へつなげていきましょうという意志あるプログラムなんです。

そこでは環境全体を考えるさまざまな教室があって、全て体験できます。

一番最初が「緑の教室」。私たち動物が生きていけるのは、”酸素”と”水”があるから。そして、そのふたつを提供してくれるのが葉っぱたちなんですよね。葉っぱたちが活き活きとたくさん繁る森があるからこそ、私たちは生きていけるのだということを、実際の森の中で五感で感じながら教えてくれます。

「裸足の道」は、私が兼ねてから提案している五感を働かせよう!というそのものが体験できました。今の私たちは、90%近くの情報を視覚から得ているそうです。その視覚を遮断すると、たちまち他の感覚たちが呼び起こされ働き始めるんです。それを裸足になって目隠しをして工夫された道を歩いて感じてみようというものです。

実際、めっちゃ怖いです。だって、急に砂利道になったり坂道や丸太の上を歩いたりするんですよ。パートナーに導いてもらえるんだけど、ほっんとに情報を視覚からのみ得ている生活をしているんだなーと痛感。だって、子供たちの速いこと速いこと!経験が無い分、疑いがないんですよね。

「石の地球」は、子供のころに勉強した地球をもう一度知ることでした。そして地球の大きさや太陽までの距離感があるからこそ、私たちが快適に暮らしていける”奇跡の星”なんだということを再認識。でも、悲しいことに恐ろしいスピードで破壊されているのだということも。。。

「地球の道」は、46億年という地球の歴史を460mの中に置き換えて歩いて行くもの。現代にくるまで、地球では大規模な自然変化がありました。それは高温化や全球凍結、その中での生物の誕生と進化、そしてそこから生まれた石炭や石油の蓄積。それは、大きな変化をたくさんの年月をかけて進化してきた地球の歴史です。

私たち人類が誕生した長さは、わずか2cm。その短い中で、人類が急激に変化させているのが真実なんです。


最後は「植樹」です。
前述した種から育てた苗木を、いろんな想いを込めて植えさせていただきました。

兼ねてから考えていた”自然のチカラがあるからこそ、人間らしく生きてゆけるのだ”ということ。しかしその自然が、私たちのエゴから姿を変え、もしかしたら消滅してしまうのかも知れないという危惧。

そしてその先には。。。


自然の中に身を置かせてもらっているスキーヤーとして。
ココロと身体と向き合うボディワーカーとして。

そして何より、自然のチカラで生きてゆく喜びをもらったひとりの人間として。

小さなチカラかも知れないけれど、出来うることには妥協したくないと改めて感じた体験でした。



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